玉響(たまゆら)、チェシャ猫の顔が歪んだ。


輪郭がぼやけ、体の色素がどんどん薄れていく。


言うなれば、普通じゃない。

ま、僕の普通が“こっち”で通用したためしはないんだけど。


アリスも皮肉な事しか言わないはずのチェシャ猫の狼狽ぶりに動揺を隠しきれないようで。


「ちょ、ちょ、ちょっとチェシャ!それ、どういう―――」


ザ……ザザ……


「!!」

伸ばしたアリスの右腕が奇怪に『ブレる』。


まるで古いアナログテレビ。

砂嵐のような耳障りなノイズを纏って、アリスの右腕が歪んでいる。


ザ……ザザ……


「な……によこれ……間に合ったんじゃないの……?!」


「マズいぞ……。世界が歪み始めた」


船長の指差す方に顔を向けると、アリスだけじゃない、この『不思議の国』の至るところが歪み、捻れ、曲がり始めている。


木も。


花も。


鳥も獣も。


あらぬ方向へと傾き、崩壊を―――始めた。


「上だ!」

船上の誰かが叫ぶ。


一斉に上を向くと、一瞬で理解した。


“あれ”が原因だ―――



先程までとはうって変わった禍々しい気。

視るだけで全てを諦めたくなる。


ザザ……ザ……


「女王はただ操られてただけってところかしら……」

「そのくらいの事は出来るさ。小さくたって、文字通りフェアリー(妖精)だからな」


薄い蜻蛉のような四枚羽から舞い散る鱗粉が、漆黒のそれに変わっている。

まるでその変貌に共鳴するかのように、空は仄暗さを飛び越し、灰色の厚みに輪をかけて暗い。

一見すると宵の口のようだ。


「……なぜだ、」

それまで押し黙って空を見上げていたピーターが、永遠の子供らしからぬ声で叫ぶ。


「ティンク!!」