青空@Archive

 船長は僅かに驚いて見せたが、その下の不気味な程に爽やかな口元を隠そうはしない。
「次に死合う俺の相手は……そちらかな?」
 にこやかに笑いながら鉤爪と逆の手で、甲板に突き刺さっていたカットラス――船乗りの幅広の刀剣――を引き抜き、緩慢とも思えるゆったりとした動作で中段に構える。
 素人目には隙だらけに見えても、隠そうともしない黒い威圧感が与えるプレッシャーに、ボクは手足が小刻みに震えるのを止められなかった。
 この人は躊躇いや葛藤など微塵もなく、他人を傷つけることが出来るのだろう。
 どんな罪人、極悪人とて、人を傷つける時は気持ちが揺れるのだと、いつかどこかで誰かが話していたと思う。
 逆を言うなら、気持ちが揺れない相手がいたならば、それは既に“人ではない何か”、という事だ。
 ピーターの物言わぬ頭を横たわる首無しの身体の上に置き、その屍を悠々と乗り越えた男は、真っ直ぐボクとアリスに向かって歩いてくる。
 ピーターは殺された。
 ボクも殺される――?

「ほう。ワニ殿、あなた本当はチクタクワニと言う名なのですか?」

 図らずも船長の歩みを止めたのは、巨大なウサギとワニのペア――あの囮役の彼らだった。
「……何と! 『“チクタク”などとは古臭いから今、新しい名前を考えている』? いやはや奇遇ですな! 私も“時計”ウサギから発展させた名前を検討中につき――、」
 初めに妙な組み合わせだと思っても、意気投合する節は意外とあるらしかった。
「いい名前の候補があれば是非とも……おや? あそこに見えるのは、アリスさんではありませんか」
 こちらに気付いたウサギ紳士が、鼻眼鏡の位置を直しながらピンク色の鼻をヒクヒクさせる。
 助かった――。
 少なくとも、ボクはそう思った。
「おお! ワニさん、私達は終わらせる役目も担ったようですな。ふむ、時間も丁度いい。さあ! あの無骨で気品の無い船を壊してしまいましょうぞ!」