ボクにはそんな予感――いや、予知ではないものの、経験中の身としての、確かな自信があった。
 身体……この場合は世界か。世界はいつか――それはすぐかもしれないし、ずっと後の事になるのかもしれないが、確実に――、

 狂う。

「よろしく、アリス!」
「ええよろしくね、可愛い妖精さん」
 視界の端で、ティンカーベルがキンキン声を発しながら、船倉を一通り調べ終えたアリスの人差し指と握手をするのが見えた。
 物語同士は、本来交流どころか全くその世界について認識が無いようで(ピーターがアリスに初めて会ったときは、互いにナイフと銃身を突きつけたらしい)ティンカーベルとアリスが会うのも初めてのようだった。
 もっとも、ボクだってそれぞれの本の物語の中に、こうやって喋り、動き回る人物がいる世界が存在しているなんて、来るまで知らなかったのだから、当然といえば当然なのかもしれなかった。
(もしかしたらボクの住む世界にも、突然何かの物語のキャラクターが降ってくるかもしれないなぁ)
 物語の中だけに、これが後の伏線やフラグにならなければいいのだけど――。
 そんな事を考えている内、自己紹介を含めたご挨拶が終わったらしい物語の住人達が動き出した。
「さあて、船長はこの上の上……あれだけ目立つ囮だ、恐らく甲板に出てるだろ。僕は先に行って挨拶してくるぜ」
 言うなり、ピーターは一人、上機嫌で梯子を飛びながら上っていく。ティンカーベルを含めたボクらの事は、既にお構いなしのようだ。
 しかしボクはといえば、先程からの妙な――というより、今では本能的な嫌悪感を伴う――露骨な視線をひしひし感じていた。
 見渡してみても、アリスがチェック済みなのだから、勿論このメンバー以外の人物がいる筈がないのだが……。
 外のうるさい喧騒とは違い、見えないどこからかの視線は、不気味で禍々しく荒々しいのに……表面だけはまるで静かだ。
 例えるなら嵐の中の大洋。その水面下の穏やかさ。
 ひとたび水面に顔を出したなら、うねり狂う波と風に体をバラバラにされそうな……そんな危うさがあった。