「シオン、これは劇だ。いくらシナリオに歪みが生じ始めていてもまだ、な」
 血は流れない。痛みも感じない。しかも失った体はそのうちに元に戻るのだ、とピーターがボクを見かねて言う。
「ホントに?」
「ホントだ。僕は今まで嘘をついたことが無いからな」
 早々に嘘臭かった。しかしお陰でボクの緊張が解けたのも事実だった。

「時間ね。作戦……開始するわよ」
 アリスが茂みから木の葉を付け、ポンチョを引っ掛けながら立ち上がる。
 藍の立てた作戦はこうだ。
『名付けて“電撃作戦”。簡潔に説明するなら、囮がなんとか奴らの気を引く。その隙に乗じて海賊船に素早く侵入。アリスの武力、火力、戦闘力を行使し、首謀者であるフック船長を捕縛、制圧。戦闘を収めた後に、彼らを元のネバーランドに送り返す手段を考える』というものだった。
 その為の仕込みがあるからと、藍は今、別行動を取っているのだ。
 今最前線で戦っているトランプの兵士達だって、ハートの女王が王の首を刎ねてフック船長と行動を共にするようになってから、海賊達に職場を取って代わられる形となり、正にリストラ状態だった。
 憂さ晴らしに赤い薔薇を全部真っ白く塗り直していたとかいないとか。
 そんな兵士達を巧みな話術で説得したのも藍なのだ。
 ハートの女王の信頼(そんなものがあったのかは不明だったが)を取り戻す為に一致団結したトランプ兵が加わり、戦況は不思議の国サイドが押し戻し始めた。
 先のパーティー会場からここまで前線が下がったのが、何よりの証拠だ。
 この機を逃さずに、タイミングを見計らって仕掛けるようにと藍は指示していたのだ。
 「マジでやるのかよ……」とボクは思わず呟くものの、
「やるの。いくわよ!」
 アリスが真上に構えた小型のピストルから、橙色の光の帯が、甲高い音と共に、高々と飛び出していった。