案の定、不思議の国に降り立った瞬間の状況は、彼女の演じてきた物語の中でも最悪だった。
 この物語には元来登場するはずのない大道具に、彼女は目を疑った。
 印象は鮫、その雄大さは鯨、白と黒の色彩は鯱を連想させる――船。それも巨大なセイルを持つ帆船。
 まさか黒地に白で髑髏を描いたシンボルを翻した海賊船が、水など微塵も見当たらないゲーム場のど真ん中に竜骨を横たえているなんて……。
 そしてさらに悪いことに、遠目からでもよく目立つ全身真っ赤な“あの人”が、片腕片足の見知らない誰かと並んで立っているなんて……。
 さらにさらに悪いことに、その誰かが指示するのに合わせて、海賊船が所構わず大砲を撃ち放しているなんて……。

「一体誰が想像できるっていうの?」
 アリスは吐き捨てるように独白する。
 場所は、話に出てきた海賊船のすぐ近くの茂み。アリス、ピーター、ボクの三人は俯せになって体を隠しながら、見上げる程に高い帆船の欄干を、ピーターの単眼鏡で観察していた。
 先程から欄干には、忙しそうに武器弾薬を右から左へと運ぶ、髭面のいかにもな男達以外の姿は見ていない。
 代わりに、少し小高くなった丘の上から眼下を眺めているので、ゲーム場の様子はすっかり見渡せた。
 大地は至る所が爆発で穿たれ、空を覆う曇天と同じ灰色の煙が至る所から立ち上っているかと思えば、数十本もの槍が纏めて船上に降り注いで、複数の海賊達をなぎ倒す。
 まごうことなき二つの世界のぶつかり合う戦場が、そこにはあった。
 ……しかし、唯一本物の戦争と違うのは、これが劇である事。
 右腕を砲弾で吹き飛ばされた紳士は、何事もなかったように再び左手でティーポットを構え、槍が数本も腹に刺さっている長身の海賊は、その槍を引き抜いてはトランプ兵に投げ返している。
 ある種、現実よりも直視したくない光景だった。