これで納得がいった。
「だから、アリスやピーターはボクを知っていたんだ……」
 ボクは、まるで自分を妹のように抱きしめている女性が、突然無機質なデータの塊になった錯覚に襲われた。
 生きる記録保管庫――Archive。
 それにアリスは本当に生きているのだろうか? ここはボクの夢で、最後に待っているのは、まさかの夢オチじゃないのか!?
「ただ、その神でもノンフィクションは操れない。現実は小説より奇なり――今回はストーリーライターですらどうしようもない事件だ」
 藍は悶々と悩むボクを無視し、代わりにボクの父親が事件に深く絡んでいると言う。
「元々天瑠璃の血筋っていうのは、“書渡”によって本世界に入り、長く読まれ、語り継がれるシナリオに歪みが起きていないかを点検させる為に、ストーリーライターが本に仕込んだ、いわゆる活字の毒の影響で発生した一族なんだ」
 活字の毒は本の外の世界の、ほんの一部の人間に影響を与えた。本を、物語を心から愛する一部の人間に。
 しかし世は移ろい、人間は変わる。紫苑のように。
 天瑠璃、そして日本以外にも、まだ幾つか“書渡”のできる血筋は残っているものの、その大半は魔女狩りや宗教改修、近代なら戦争やインターネットの普及など、様々な理由の影に消えていったのだと藍は言う。
「それに今回は神が関われない理由がある」
 藍は腕組みをすると、そのままボクを指差した。
「俺はさっき、ノンフィクションには神が関われないって言っただろう? 自伝的文章にはストーリーライターは関わっていないんだ。……つまり、お前の父親は本の外の人間だ。その人間が本の内容を自伝に書き換えようとするなら……神には手が出せない」
 そこで、と藍が息継ぎをするタイミングで、今まで一言も喋らなかったピーターが重い口を開いた。
「キャプテン・フック」
「そうだ。どうやったのかは俺も知らない、が、紫苑の父親も“書渡”だ。船長をネバーランド(元の世界)から連れて来れたってんなら……一緒にお帰り願おう」