僕は突然の事態に、“それ”がどういう事か理解するのに時間がかかった。
 見覚えのない森、見覚えのない建物。見覚えのない数々の生き物たち……。
 灰色の雲が空を覆い尽くすと、暫くして“それ”は突然、ぽっかりと何もない空間に口を開けた。
 眼のように潰れた楕円形をしており、その中心部は見覚えの無い世界を映し出していたのだ。
 一見すると蜃気楼のようにも見えたが、揺らぎもしなければ消えもしない。
 僕の国には“それ”が何なのかを知る者はおらず、今まで見たことも無い現象に、皆が困惑した。
 そして僕らが対応に困っている間に、“それ”は突然……、


 世界を喰らった――。


 そう、喰らったとしか言いようがなかった。
 空間に空いた目の形の穴に、世界が吸い込まれ始めたのだ。
 正確にはブラックホールのように、空に開いた“それ”に引き寄せられ、木や船や建物や人が空を舞い、消えた。
 ついに、僕の敵役であるあいつも……。
 そして僕の世界をめちゃくちゃにした“それ”は、現れた時と同じように、唐突に跡形もなくきれいさっぱりと消えたようだ。

 最後の最後に僕を喰らって――。


「で、気がついたらこの世界でアリスに介抱されてたって訳さ」
 そう言ってハハッと笑ってみせる。
 戦場。砲弾と食器が飛び交うこの場所で彼は、ジョークでも言ったような軽いノリで、これまでのいきさつを楽しそうに語る。
 ネバーランドの飛行少年であり、永久を生きる非行少年ピーター・パンは、何のことはない、会ってみれば緊張感に欠ける、ただの長身の青年だった。