「何でこんな所に!」
高台には幸い、人は寄り付かない。それに、警備隊のおかげで街中に魔物は入ってこない。
「こんな所に渦が生まれたら、魔物が街に行ってしまう!」
「ここで食い止めよう!」
「うん!」
渦に向かって走り出したエルヴィンに、ルナは大きな声で返事をした。
小さな水溜りほどだった黒い渦は、あっという間に竜巻のように巻き上がる。
ゴオ、と巻き上がる砂嵐にエルヴィンは腕で顔を覆う。
「エルヴィンさん!」
幸い、生まれたての渦からは魔物は出ていない。ルナは急いで駆け寄る。
「ルナ、この渦を鎮静しよう」
「エルヴィンさん!!」
エルヴィンがルナに目線を向けた一瞬、渦から魔物の爪が忍びよる。
ルナはエルヴィンをグイ、と引き寄せ、爪をかわす。
「ルナ!」
ルナの方へ押し倒すように倒れ込んだエルヴィンが
、急いで身体を起こす。
「だ、大丈夫です」
上から見下される瞳にドキドキしている場合ではない。急いで魔物の鎮静をする。
(ぐうっ……)
流れ込む魔物の闇の力に、ルナは顔をしかめた。
エルヴィン素早く魔物を斬り倒す。
「ルナっ!」
「私は大丈夫です。…………?!」
駆け寄るエルヴィンに顔を上げて答えれば、ルナはその先の光景に驚愕した。
「なっ……」
ルナの視線を負い、エルヴィンも目を瞠った。
渦が出来て間もないのに、魔物がうじゃうじゃと湧き出て来ていたからだ。
「街に近い分、人の心の闇に反応しているんだ!」
にゃーん、と茂みの奥からテネの声がした。
「そんな……」
「あの渦を鎮静するしかない、ルナ!」
「うん……」
テネの声に、ルナは胸元の外套をしっかりと握りしめた。
「エルヴィンさん! あの渦を先に何とかしないと!」
「しかし魔物が……」
エルヴィンの隣に位置取り、ルナも魔物を見渡す。
(一か八か……)
「エルヴィンさん、私が魔物たちを鎮静した隙に、一気に渦に近付きましょう。再度鎮静させた隙に、渦を消滅させるんです。魔物はその後に……」
「それではルナの体力が持たないのではないか?!」
ルナの提案にエルヴィンは苦言を呈する。
「大丈夫です。ただ、渦を消滅させた後、私は動けなくなると思いますが、魔物の方、お願い出来ますか?」
魔物たちを見据え、ルナの額からは汗が垂れる。
「……ああ。任せてくれ」
ルナの覚悟を聞き、エルヴィンもしっかりとした口調で言った。
「私のことは振り返らないでくださいね?」
「わかった」
「じゃあ、行きますよ!!」
エルヴィンの返事を合図に、ルナは一気に力を放つ。
(月の光よ、私に力を――――)
眩い光と共に、大量の闇の力がルナの身に溜まる。
(くうっ……)
何とか踏ん張り、足を交互に動かす。
「ついてきて!」
エルヴィンに合図し、一気に渦まで走り寄る。
(月の光よ、私に力を――――)
渦まで辿り着くと、振り返り、鎮静しきれていない魔物を再度鎮静させる。
エルヴィンと視線を合わせ、渦に手を添える。
強い禍々しい力がルナを跳ね返そうとする。
「ルナ、俺が支える!」
後ろからルナの身体をすっぽりと覆うようにエルヴィンが被さる。ルナの手に大きな手が添えられる。
「月の光よ――」
エルヴィンの聖魔法がルナの手に集まるのがわかった。
「この渦を解き放て――――」
気づけばルナは大きな声で唱えていた。
聖魔法と月の光を受けた渦は、膨らみ、バアン、と大きな音を立てて弾け飛んだ。
その衝撃で、ルナとエルヴィンは飛ばされる。
「う……」
膨大な闇の力を取り込んだルナは、意識が朦朧としつつも、エルヴィンの口に、持っていた薬を押し込んだ。
「ルナ……?」
何とか薬を押し込んだ身体は、地面に突っ伏したまま、もう動かない。
「約束……」
「……ここで待ってろ。君には指一本触れさせない!」
回復したエルヴィンは素早く立ち上がると、魔物の群れを目がけて走り出した。
「だから、ときめくような言葉を友人に言うかな?」
はは、と力無く笑うルナは、エルヴィンが次々に魔物の群れを倒していくのをぼんやりと見ていた。
(ああ、エルヴィンさんがいるなら安心……)
力尽きたルナは、意識を手放した。
◇◇◇
『ルナ、けして太陽の下に出てはダメよ?』
『この腕みたいに焼かれちゃうの?』
『そうよ。私たち魔女は、魔物を鎮静する代わりに、太陽の光で命を焼かれてしまうのよ』
師匠のアリーの元へ保護されたばかりの頃。アリーはルナに言って聞かせていた。
『ねえ、じゃあ魔物を鎮静しなければアリーは太陽の下に出られる?』
『ルナ……』
『私が魔物を鎮静するよ! だからアリーは太陽の下を歩いてよ』
幼心ながらにアリーのことも守りたいと思ったルナは、本気でそう思って言った。なのにアリーは悲しい顔をしていた。
(今ならわかる。師匠は私が肩代わりしようとした荷物を、一緒に背負いたかったんだ)
その証拠にアリーは魔物の鎮静を死ぬその時までやめなかった。最後までルナの心配をしていた。
(アリー、私、戦友が出来たんだよ。背負うものは違うけど、見てる場所は同じ人……)
『ルナ、良かったね』
アリーの優しい声と笑顔が、ルナを包んだ気がした。
◇◇◇
「師匠……?」
どうやら夢を見ていたらしい。ぼんやりと目を開けると、自分の半身が温かい。
「エルヴィンさん……?」
しっかり覚醒すると、ルナはエルヴィンに肩を抱かれたまま、石垣に寄りかかっていた。
辺りを見渡すと、魔物の姿は無い。エルヴィンが殲滅してくれたようだ。
隣のエルヴィンの顔をじっと見ると、息はしている。
「流石のエルヴィンさんもあの数の魔物相手じゃ消費するよね」
眠るエルヴィンの横顔を見ながら、その無事な姿にルナはホッとする。
「動けるかな……」
手をニギニギさせた後、ルナがぐっと立とうとするも、エルヴィンに肩を強く抱かれて、抜け出せない。
「守ってくれてたんだね」
明るさに綺麗な夕日色の髪が輝く。
(ん? 明るい? 私、どれだけ気を失って?!)
ばっと空を見れば、遠くの空に黒い雲があるものの、その空を黄金に染めつつある。
(日が、昇る……!!)
高台には幸い、人は寄り付かない。それに、警備隊のおかげで街中に魔物は入ってこない。
「こんな所に渦が生まれたら、魔物が街に行ってしまう!」
「ここで食い止めよう!」
「うん!」
渦に向かって走り出したエルヴィンに、ルナは大きな声で返事をした。
小さな水溜りほどだった黒い渦は、あっという間に竜巻のように巻き上がる。
ゴオ、と巻き上がる砂嵐にエルヴィンは腕で顔を覆う。
「エルヴィンさん!」
幸い、生まれたての渦からは魔物は出ていない。ルナは急いで駆け寄る。
「ルナ、この渦を鎮静しよう」
「エルヴィンさん!!」
エルヴィンがルナに目線を向けた一瞬、渦から魔物の爪が忍びよる。
ルナはエルヴィンをグイ、と引き寄せ、爪をかわす。
「ルナ!」
ルナの方へ押し倒すように倒れ込んだエルヴィンが
、急いで身体を起こす。
「だ、大丈夫です」
上から見下される瞳にドキドキしている場合ではない。急いで魔物の鎮静をする。
(ぐうっ……)
流れ込む魔物の闇の力に、ルナは顔をしかめた。
エルヴィン素早く魔物を斬り倒す。
「ルナっ!」
「私は大丈夫です。…………?!」
駆け寄るエルヴィンに顔を上げて答えれば、ルナはその先の光景に驚愕した。
「なっ……」
ルナの視線を負い、エルヴィンも目を瞠った。
渦が出来て間もないのに、魔物がうじゃうじゃと湧き出て来ていたからだ。
「街に近い分、人の心の闇に反応しているんだ!」
にゃーん、と茂みの奥からテネの声がした。
「そんな……」
「あの渦を鎮静するしかない、ルナ!」
「うん……」
テネの声に、ルナは胸元の外套をしっかりと握りしめた。
「エルヴィンさん! あの渦を先に何とかしないと!」
「しかし魔物が……」
エルヴィンの隣に位置取り、ルナも魔物を見渡す。
(一か八か……)
「エルヴィンさん、私が魔物たちを鎮静した隙に、一気に渦に近付きましょう。再度鎮静させた隙に、渦を消滅させるんです。魔物はその後に……」
「それではルナの体力が持たないのではないか?!」
ルナの提案にエルヴィンは苦言を呈する。
「大丈夫です。ただ、渦を消滅させた後、私は動けなくなると思いますが、魔物の方、お願い出来ますか?」
魔物たちを見据え、ルナの額からは汗が垂れる。
「……ああ。任せてくれ」
ルナの覚悟を聞き、エルヴィンもしっかりとした口調で言った。
「私のことは振り返らないでくださいね?」
「わかった」
「じゃあ、行きますよ!!」
エルヴィンの返事を合図に、ルナは一気に力を放つ。
(月の光よ、私に力を――――)
眩い光と共に、大量の闇の力がルナの身に溜まる。
(くうっ……)
何とか踏ん張り、足を交互に動かす。
「ついてきて!」
エルヴィンに合図し、一気に渦まで走り寄る。
(月の光よ、私に力を――――)
渦まで辿り着くと、振り返り、鎮静しきれていない魔物を再度鎮静させる。
エルヴィンと視線を合わせ、渦に手を添える。
強い禍々しい力がルナを跳ね返そうとする。
「ルナ、俺が支える!」
後ろからルナの身体をすっぽりと覆うようにエルヴィンが被さる。ルナの手に大きな手が添えられる。
「月の光よ――」
エルヴィンの聖魔法がルナの手に集まるのがわかった。
「この渦を解き放て――――」
気づけばルナは大きな声で唱えていた。
聖魔法と月の光を受けた渦は、膨らみ、バアン、と大きな音を立てて弾け飛んだ。
その衝撃で、ルナとエルヴィンは飛ばされる。
「う……」
膨大な闇の力を取り込んだルナは、意識が朦朧としつつも、エルヴィンの口に、持っていた薬を押し込んだ。
「ルナ……?」
何とか薬を押し込んだ身体は、地面に突っ伏したまま、もう動かない。
「約束……」
「……ここで待ってろ。君には指一本触れさせない!」
回復したエルヴィンは素早く立ち上がると、魔物の群れを目がけて走り出した。
「だから、ときめくような言葉を友人に言うかな?」
はは、と力無く笑うルナは、エルヴィンが次々に魔物の群れを倒していくのをぼんやりと見ていた。
(ああ、エルヴィンさんがいるなら安心……)
力尽きたルナは、意識を手放した。
◇◇◇
『ルナ、けして太陽の下に出てはダメよ?』
『この腕みたいに焼かれちゃうの?』
『そうよ。私たち魔女は、魔物を鎮静する代わりに、太陽の光で命を焼かれてしまうのよ』
師匠のアリーの元へ保護されたばかりの頃。アリーはルナに言って聞かせていた。
『ねえ、じゃあ魔物を鎮静しなければアリーは太陽の下に出られる?』
『ルナ……』
『私が魔物を鎮静するよ! だからアリーは太陽の下を歩いてよ』
幼心ながらにアリーのことも守りたいと思ったルナは、本気でそう思って言った。なのにアリーは悲しい顔をしていた。
(今ならわかる。師匠は私が肩代わりしようとした荷物を、一緒に背負いたかったんだ)
その証拠にアリーは魔物の鎮静を死ぬその時までやめなかった。最後までルナの心配をしていた。
(アリー、私、戦友が出来たんだよ。背負うものは違うけど、見てる場所は同じ人……)
『ルナ、良かったね』
アリーの優しい声と笑顔が、ルナを包んだ気がした。
◇◇◇
「師匠……?」
どうやら夢を見ていたらしい。ぼんやりと目を開けると、自分の半身が温かい。
「エルヴィンさん……?」
しっかり覚醒すると、ルナはエルヴィンに肩を抱かれたまま、石垣に寄りかかっていた。
辺りを見渡すと、魔物の姿は無い。エルヴィンが殲滅してくれたようだ。
隣のエルヴィンの顔をじっと見ると、息はしている。
「流石のエルヴィンさんもあの数の魔物相手じゃ消費するよね」
眠るエルヴィンの横顔を見ながら、その無事な姿にルナはホッとする。
「動けるかな……」
手をニギニギさせた後、ルナがぐっと立とうとするも、エルヴィンに肩を強く抱かれて、抜け出せない。
「守ってくれてたんだね」
明るさに綺麗な夕日色の髪が輝く。
(ん? 明るい? 私、どれだけ気を失って?!)
ばっと空を見れば、遠くの空に黒い雲があるものの、その空を黄金に染めつつある。
(日が、昇る……!!)