「お前、そんなに思ってくれてる婚約者を大切にしろよ」
「そうだぞ、あの度胸と勢いには驚いた。さすが騎士の婚約者」

 ひとしきり盛り上がった後、話題がルナに移ってしまった。

「いや、だから、彼女は婚約者ではない。友人だ。まあ、もちろん大切にする」

 エルヴィンの真面目な返答に、隊員たちが固まる。

「まじかあ〜」
「ええ、友人って、俺らと同じってこと?!」

 驚く隊員たちがエルヴィンに詰め寄る。

(うんうん、エルヴィンさんは友人になると距離が一気に近くなるんだよね)

 後ろでルナがうんうん頷いていると、エルヴィンはきっぱりと告げる。

「いや、ニコラたちは仲間だろう。彼女は、大切な友人だ」
「はい?」

 エルヴィンの真面目な言葉に、隊員たちもルナも一斉に彼を見る。

「どういうことだ?」
「いや、仲間と友人は違うだろう」
「確かに、違う、かな?」

 隊員の問にエルヴィンが答え、ルナが首を傾げながら言う。

「ま、じ、かあ〜」

 ニコラが頭をガシガシとかきながら項垂れた。

「自覚ないってこと?」
「「?」」

 ニコラの言葉にエルヴィン、ルナ二人が首を傾げる。

「あー、こりゃ……」

 残念そうな顔で笑うニコラは、エルヴィンの肩に手を置いて言った。

「まあ……、友人のその子を大切にしろよ?」
「? ああ、もちろんだ」

 話がようやく終わった所で、エルヴィンが残念そうな顔をルナに向ける。

「ルナ、俺の見回りの時間が迫っているから一緒に食べられそうにない。このパン、貰ってくれ」

 大きな紙袋をルナに差し出し、エルヴィンはしゅんとする。

「……今日の深夜の見回りは俺が行くよ」
「ニコラ?」

 エルヴィンの表情を見たニコラが申し出る。

「突っかかったお詫びだ。エルヴィンはその大切な友人とそのパン? 食べて来いよ」
「いや、しかし……」
「俺たち、助け合う仲間だろ?」
「!」

 エルヴィンが困惑していると、ニコラはニカッと笑って言った。その表情に、エルヴィンにも笑みが溢れる。

「……すまない、助かるよ」
「良いってことよ」

 二人はお互いひじを合わせ合うと、反対側へ踵を返す。エルヴィンはルナの手を取った。

「行こう」

(ええ?!)

 嬉しそうなエルヴィンに手を取られ、ルナは高台の方向に引っ張られるように歩き出した。


 数日後には十三夜の美しい月が見えるはずだが、今日は雲に隠れている。辺りも暗い。

「今日は暗いな」

 そう言って手持ちのランタンをエルヴィンが付ける。二人の周りだけほんのり明るさが増す。

「あの、エルヴィンさん……」

 高台にあるいつもの石垣にランタンを置き、腰を下ろすエルヴィン。

「ルナ、君は自身の作る薬が『魔女の薬』と噂されていることを気にしているのか?」

 急に真面目な顔をしてこちらを見るエルヴィンに、ルナは言い淀んでしまう。

「あの……」

 街中ではフードを深く被るルナに気付かない訳がない。どう言ったものかと逡巡するルナに、エルヴィンは立ち上がって距離を詰める。

「すまない。責めているわけではないんだ。ただ……」

 エルヴィンがルナのフードを頭から外す。

「君が俺みたいに誤解されているなら、俺は力になりたい。君がしてくれたように」
「あ……」

 真剣な夕日色の瞳が、今は漆黒に見える。

「エルヴィンさん、ありがとうございます。でも私は薬師として出来ることをしているだけですから。目立つのも嫌だし」
「そうか。しかし困ったり、君を貶めたりする者がいたら必ず言ってくれ。助けになりたい」
「はい」

 エルヴィンの言葉に笑顔で返せば、彼も笑顔になり、ルナの髪に触れる。

「エルヴィンさん?」
「君は、この国を救っている。この月のように美しい」

 ルナの髪留めの月をエルヴィンが撫でた。

(!!!! またこの人は!!)

 エルヴィンの言動を気にしないことにしたのに、やはり爆弾投下されると対応出来ない。

 ただ、この暗闇がルナの赤い顔を隠してくれていることが救いだった。

「食べようか」

 ルナの気持ちなんてお構いなしに、エルヴィンはルナの手を取り、石垣まで促す。

 むむむ、とするルナとは逆に、エルヴィンは笑顔でルナにパンを差し出すのだった。

「食べきれない分はルナが持ち帰ってくれ。家族の猫と一緒に食べると良い」
「……ありがとうございます」

 嬉しそうにいそいそと紙袋からパンを取り出すエルヴィンを見ながら、ルナはむぅ、としながらもパンにかぶりつく。

「美味しい!」

 この前買ったフカフカのパンも美味しかったが、このドライフルーツが沢山入ったカリカリのパンも美味しい。思わず笑みが溢れる。

「それは良かった」

 ランタンの温かい光に照らされて、エルヴィンの笑顔がやたら優しく見える。

(もう、もう! いくら戦友だからって!)

 エルヴィンと一緒にいると心が温かくなる。それに、魔物鎮静も怖くない。エルヴィンがいてくれたら無敵な気がした。それでも――

(さすがに曇りが続くとヤバいよなあ)

 曇った空を見上げ、ルナは再びパンにかぶりつく。

「……ルナ」

 エルヴィンの低く静かな声が響く。

「エルヴィンさん?」

 エルヴィンの視線の先を見れば、黒い水溜りほどの渦が今、まさに生まれていた。