「エルヴィンさん!」
「ルナ」

 いつもの高台に、エルヴィンが先に来ていた。

「あの、ハンカチありがとうございました」

 ルナは綺麗に畳んだハンカチを薬と一緒にエルヴィンに差し出す。

「これは?」
「あの薬です。警備隊でいざという時に使ってください」
「こんな貴重な物を……良いのか?」

 差し出された薬に、エルヴィンが戸惑う。

「はい! 友達の役には立ちたいですから」
「……そうか」

 友達、という言葉に、エルヴィンは頬を緩めた。

(う、わ……)

 昨日も見たけど、何度見てもイケメンの笑顔は眩しくて慣れない。

「ではお礼に俺からはこれを」

 差し出されたエルヴィンの手の中には、三日月形の髪留め。

「エルヴィンさん?」

 ルナがエルヴィンを見れば、彼は少し赤くなりながらも、嬉しそうに話した。

「これを見た瞬間、君だと思って。月が好きだと言っていたろ? それに、三日月は月の剣だと」
「うん……」

 ルナの手に髪留めを収めながら、エルヴィンが続ける。

「俺の剣が、君を守る。友人として、戦友として」

(何か、プロポーズみたいなんですけど?!)

 いちいち大袈裟な物言いに、ルナの顔が赤くなる。

(はあ、この人、友達いなさすぎて拗らせてんのかな)

 エルヴィンの方を見れば、彼は至って真面目だ。

「これがエルヴィンさんですよね」
「何だ?」
「何でもないです! 嬉しいです! ありがとうございます!」

 何度も二人で危険な場面を乗り越えて来た。そして、昨日の食事会である。

(そりゃあ距離は縮まるよね。それにしても……)

「どうした?」

 ルナをいちいちドキドキさせる言動にも気付かないエルヴィンは、笑顔で目の前にいる。

(ああ、もう!)

 ルナは受取った髪留めで髪を一房まとめる。

「どうですか?」

 ルナが頭の方を向けてエルヴィンに見せれば、笑顔だったエルヴィンは固まる。

「エルヴィンさん?」
「……とても似合う。君の黒い髪に金色の月がよく映える。まるで、出会った夜の日のようだ」

(ひえっ!)

 まるで口説かれているようだが、あくまでエルヴィンは戦友を褒め称えているのだ。

「あ……りがとうございます……!!」

 ルナが顔を赤くさせ、ワナワナとお礼を言えば、エルヴィンは「どういたしまして」と笑った。

「――!」

 そんなほのぼのとした空気は、エルヴィンの緊迫した表情で一気に変わった。 

「エルヴィンさん?!」
「ああ、禍々しい空気を感じる」
「行きましょう!」

 ルナの言葉にエルヴィンも頷き、二人は走り出した。

「ルナ、気を付けて!」

 にゃーんとルナにだけ聞こえる声でテネが忠告する。

 遠くからもわかる。

 禍々しい黒い渦が、街のはずれに立ち上っている。

 いつもよりも重く、強い闇の力だ。

「エルヴィンさん!!」
「ルナ、君は離れた所でサポートを頼む!」
「うん!」

 魔物がすでに発生している。数は多くないが、強大な力を感じる。

(月の光よ、私に力を貸して――――)

 祈るようにルナが力を開放すると、闇の力が一気にその身体に集まる。

(えっ?!)

 いつもよりも強い力がルナの身に溜まる。

(これ、は……やばい)

 がくりとルナはその場に座り込んでしまう。

「ルナ!!」

 魔物と応戦しながらもエルヴィンがこちらに目をやる。

「エルヴィンさん! 私は大丈夫だから、魔物をお願い!!」

 エルヴィンは苦い顔をしながらも、了承してくれたようで、魔物を次々に倒していく。

「くっ……」

 ルナは何とか身体を引きずるように、黒い渦へと近付いていく。

「きゃあ!」

 渦はルナを拒むように、ゴォと音を立てて、ルナの服を切り裂く。

「何これ……」
「まさかこの国の闇がここまできてるなんて……」

 エルヴィンが魔物と対峙している隙に、テネがルナの足元に来ていた。

「そんな……こんなの、どうすれば良いの……」

 渦は、ルナの外套とその下のワンピースまで切り裂き、腕には少し血が滲んでいる。

 ルナは腕を押さえながら、その場に立ち尽くした。

「ルナ!! 大丈夫か?!」
「エルヴィンさん! どうしよう!」

 魔物を制圧したエルヴィンがルナの所まで駆け寄ってきた。テネはすぐさま隠れる。

「早くこの渦を鎮静しないと……うっ」
「ルナ!」

 何とか立っていたルナだったが、足から崩れ落ちてしまう。

 エルヴィンはルナをふわりと抱き上げた。

「エルヴィン……さん?」
「無理をするな、ルナ。俺が支える」

 力強く語りかけるエルヴィンに、ルナも安心する。

「いつも、すみません。今日は早くにお世話になっちゃいました」
「気にするな。俺たちは戦友だ」

 エルヴィンの言葉に、ルナはコクリと頷く。

「支えててください」
「任せろ」

 ルナはそのままエルヴィンに抱きかかえられたまま、渦に手をかざす。

(月の光よ、私に力を貸して――)

 エルヴィンから注がれる聖魔法に後押しされ、ルナの月の光が一際光り輝く。

 渦の闇が爆発するように一気にルナに流れ込む。と、同時に渦は弾け飛んで、消えた。

(これは……やばいわね)

 エルヴィンの腕の中で、ルナは身体の力が抜けるのを感じた。

「ルナ?! 大丈夫か?」

 心配そうに覗き込むエルヴィンに、ルナは力無く笑った。

「は、は……しばらく動けそうにありません。いつも通り休んでいっても良いですか?」
「……それならちゃんとした所で休んだ方が良い」
「え?!」

 いつも通りその場で休みたいと言ったルナに、エルヴィンは固い表情で告げた。