【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!


 床に尻をついた店主が入口付近を見遣れば、濡れた黒い外套を頭からすっぽりと被った一人の大男が音もなく店内に立ち入るのが見えた。

 威圧的なこの青年の用心棒か何かだろうか。手出しはしないが、こちらの様子を伺いながら鋭い眼光を向けてくるのがわかる。
 土砂降りの店の外にも、窓越しに数名の黒い人影が見えた。得体の知れない恐怖心が店主に湧き起こる。

「なッ……何だ、お前ら……」
 
 ジルベルトは、きょとんと立ち尽くすマリアの背中に優しく手を添え、穏やかな表情でマリアを見下ろした。

「マリア。持ち出すものは最低限でいい、身支度をしておいで。君の猫も一緒に」

「あっ……あの………」

 突然目の前に現れたジルベルト《《本人》》に、マリアは言葉を失ってしまう。

 その顔にはもう、無精髭も伸びた前髪もない。
 きちんと整えられた薄灰色の髪はとても柔らかそうで——けれどその下にある彼の瞳の輝きは、牢の中でマリアが見たものと同じだ。

「ジル……ベルト……?」
「君は何も心配しないで、俺に任せて。あとでゆっくり話そう」

 甘く囁くような声色が、凍てついたマリアの心をゆるやかに溶かしていく。