「何よりも、あなたのそばで生きていられる。そんな尊い毎日を、私はこの上なく幸せに感じているのですから」

 ふたりは言葉にならない互いの想いを伝えるように、額と額を寄せ合い、目を閉じた。


 馬車は程なくガルヴァリエ公爵家の屋敷を囲む背高い石塀に差し掛かる。
 ガルヴァリエ公爵家は広大な領地内に数多く所有する城の他に、皇城から程近い帝都の一角に邸宅を構えていた。

 帝国の軍事侵攻では常に数千人規模の兵士支援を提供し、宮廷の運営においても多額の支援を行うとともに政治的な影響力を持つ大貴族だ。

 公爵の愛娘ミラルダとの婚約の解消が、皇室との関係にどのような影響を及ぼすのか。

 一旦流れかけたものを蒸し返した挙句の婚約破棄である。
 ガルヴァリエ公爵は病床の現皇帝補佐として手腕を発揮し続ける現役の人格者だが、彼の激昂は想像するにたやすい。

 堅牢な塀を睨むジルベルトもまた、秀麗な面輪に深い緊張の色を滲ませていた——。