「ご飯を、ちゃんと食べていないから。そんな弱気になるのです。今夜の食事はちゃんと食べてくださいね? 私、厨房に知り合いがいるんです。カビたパンとか冷めたスープじゃなくて、あなたの元気が出るような美味しいものを持って来ますから!」

「ハッ……君という人は。本当にどうにかして、俺に食事を摂らせたいのだな」

 ——わっ、笑った……?

「そうですよ? 当たり前です」
「当たり前なんだ」

「はい!」

 あはは。
 息を吐くような力無いものではあるけれど。彼が笑えば、『死』と隣り合わせの独房の、重く張り詰めた空気が少しだけ和らぐ。

 ——なんだろう……。女心を揺さぶるような、この破壊的な微笑みは!


 その夜。

 約束通り、マリアは温かい食事を男の独房に届けた(マリアは配膳に出されたものを食べ、自分の食事を男に与えたのだった)。

 傷が痛むのか、自力で起き上がれない男を支え、壁を背にして座らせる。
 マリアがスープをすくってカトラリーを口元まで運ぶと(咀嚼はひどくゆっくりだったけれど)約束通り男は「美味(うま)い」と言って食べ、完食までした。

 この場所が独房であることを忘れそうになるくらい……。幾度となく笑みを交わし、他愛のない会話もした。

 マリアは男を元気づけようと、下働き仲間の失敗談(ほとんどが自分の失敗の話だったけれど)や、いつか感銘を受けた名著のこと(数奇な運命を背負った主人公が数々の苦難を乗り越えて幸せになるお話!)を身振り手振りを交えて一生懸命に語った。

 そんなマリアの熱弁を、男は時々うなづいたり、微笑みを浮かべたりしながら穏やかに聞いていたものだ。

 ふたりのあいだには、束の間の柔らかな時間が流れていた。
 次の日、マリアが再び男の独房を訪れるまでは——。