ジルベルトの黒馬は前足を立てていななき、艶々と滑らかなタテガミと尻尾を靡かせて、薄暗くなり始めた帝都の街を雄々しく闊歩し始める。
「俺の『初めて』だとか。フェンリルは大袈裟だな……」
「ドレスまでご用意くださるなんて、想像もしていませんでした。私のような者にここまでしていただいて……なんとお礼を申し上げれば良いのか」
「ん、なにか言った?」
横座りをしていても、前を向いたままでは言葉が風に流れてしまう。
「ここまでしていただいて、私はなんとお礼、を……っ?!」
顔を後ろに向けたとたん、マリアの額に何か柔らかいものがふれた——マリアの話を聞こうと腰を屈めたジルベルトの唇が、突発的にふれたのだった。
ほんの一瞬の出来事だったけれど、マリアの肩はびくん! と跳ね上がる。
「おっと……。危ないから、話はあとで聞こう」
——今の……っ、キスされたのかと……。
私ったら烏滸がましい……恥ずかしい……!
「はっ、はいっっ!」
ジルベルトは聞こえていないだろうけれど、慌てて前を向いて、恥ずかしさを誤魔化すようにできるだけ大声で答えた。
立派な黒馬は夜風を切りながら街を駆け抜け、祭りの喧騒からどんどん離れていく。
皇城に向かうのかと思えば、むしろ遠ざかって行くようだった。
「あの! どこに向かっているのですか!?」

