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フェンリル商会の扉をくぐったマリアは、思わず「わぁ……」と小さな声を漏らした。
いつの間にか頭上に広がる空が劇的にその色姿を変えている。
まるで空一面を彩る芸術のようなキャンパスは、オレンジ色から次第に群青を帯びた美しいグラデーションを造り上げる。
絵画と違っているのは、その中に散らばる青白い星々の輝きだ。
視界いっぱいの巨大なキャンパスの裏側から光を当てたように星々は煌めく。『我が一番美しい』と、星たち皆が懸命に訴えかけている——マリアには、そんなふうに見えた。
「遅くなってしまったな……少し急ごう。ここからは馬に乗ってもらうよ」
見れば、商会の者と思われる制服を着た青年が黒い馬を連れて控えていた。ジルベルトが「有難う、手間をかけたね」と手綱を受け取る。
このフェンリル・ブラウン商会は帝都一の品揃えと意匠のクオリティーの高さに定評がある衣装屋だそうだ。
お披露目用のドレスと装飾品を新調してもらったのだが、自分は本当に皆の前に立つのだろうかとマリアはまだ半信半疑だ。
それに衣装まで用意されてしまっては、容易に断りきれない——。
「皇城を長時間離れていらっしゃるのです。皆さんが心配されているかも知れませんね?」
ジルベルトが颯爽と愛馬にまたがると、それを見上げるマリアにすっと手が差し伸べられる。
馬に跨るのなんて何年ぶりだろう——もう思い出せないほど、遠い昔のことだ。

