口元をほころばせたジルベルトの耳に、試着室からフェンリルの大声が漏れ聞こえてくる。
「まぁ……お嬢様。ドレスをお召しになられる前に、しっかりとお食事をお摂りくださいまし。このままでは《《お胸がなさすぎて》》、コルセットがずり落ちてしまいますわ……!」
ジルベルトは「ぶはッ」……
飲みかけのお茶を吹き出しかけた。
「皇太子殿下」
そこへ、先ほどのもてなし係とは違った女性がやってくる。フェンリルとは正反対の、凛とした雰囲気を醸す美しい店員だ。
「馬車も使わず護衛の者も付けずに、おふたりで歩いていらっしゃるなんて。良からぬ噂を立てようとする者たちに見られでもしたら」
「平民の格好だ、問題はあるまい。それより……頼んでおいたものは?」
「勿論、ご用意できておりますよ」
女性はそう言い、銀のトレイに乗った小さな箱を恭しく差し出した。

