幼年の時分から、年齢が十も離れた長兄と二番目の兄と共に帝国の繁栄を担う者として切磋琢磨しながら育ったジルベルトは、若くしてどこか達観しているところがあった。
 いつかは腹違いの二人の兄を超えてやるのだという強い反骨の精神は、ジルベルトを有能で英明果敢な皇子に育て上げた。

 これまでの人生で、これほどに自分を情けないと思った事はない——ウェインで囚われの身となった、あの事件を除けば。
 己の不甲斐なさに絶望して自暴自棄に陥った囚人に食事を与え、死の淵を彷徨いまでしたジルベルトを救い出してくれたのはマリアだ。

 ——俺はマリアに、情けない姿ばかりを見せているな。なのにマリアは、俺に失望する事なく(そば)にいてくれた。
 眠れない俺を救ってくれた。俺はマリアにもう二度も救われている。

 重く閉じた目蓋を持ち上げて顔を上げる。
 バルコニーへと出れば、熱烈な恋心に翻弄される男を揶揄いながら夜風が火照った頬を撫でた。

 マリアの野花のような笑顔が眼前に浮かぶ。
 満点の星空は美しく、宝石を散りばめたようにきらきらと輝いていた。

「……マリア」
 ジルベルトはようやく自覚する。

 ——どうやら俺は、君が可愛くて仕方がないようだ——— !

 初めて恋を知った少年さながらの『冷酷皇太子』がここにいる。だがそれはまだ未熟で不器用で、自らおかした大きな《《ミス》》を悟るほどの余裕はない。

 胸の内に熱く燃える炎を宿したジルベルトは知るよしもなかった。
 扉を閉ざされ、自室へと向かうマリアの足取りはひどく重く、その心は氷のように冷え切って、今にもこぼれ落ちそうになる涙を必死で(こら)えていたことを。