だがそんなマリアの淡い期待はすぐに打ち砕かれることになる。

「……そうだな。折角来てくれたところをすまないが、今夜は一人で眠りたい」

 マリアの胸の内側に痛々しい衝撃が走る。
 相変わらず目を合わせてもらえないし、それに見た事もないほど不機嫌そうだ——まるでマリアの来訪を迷惑がっているかのように。

 ——どうして……っ

 短い間にマリアは想いを巡らせる。昨夜から今朝方にかけて、添い寝中に何かまた粗相でもしでかしたのだろうか。
 記憶は全く無いけれど、寝相が悪くてジルベルトを蹴飛ばしてしまったとか、変な寝言を叫んで引かれたとか、知らぬ間に歯軋(はぎし)りしていたとか、口を開けて大いびきをかいて寝ていたとか、それとも、それとも……。

 頭の中がぐるぐる回っている。
 それでも今は少しでも早く機嫌の悪いジルベルトを解放し、マリアは自室へと戻った方が良さそうだった。

「わかり、ました。では……おやすみなさいませ。失礼、いたします」

 もう怖くてジルベルトの顔を見上げることができない。
 ゆっくりと丁寧にお辞儀をして半身を低くしたまま、ジルベルトが扉を閉めるのを待った。

「……おやすみ」

 低い声が小さく告げる言葉と、ガタンと重い扉が閉まる音を聞いたあとも——マリアはしばらくのあいだ、頭を上げることが出来なかった。

 冷たくなった指先が、震えている。
 何だかひどく悲しくなって、画集を抱える両手に、ぐ、と力を込めた。