「あの……」

 顔を背けたまま、ジルベルトはマリアを見ようともしない。そうかと思えば右手を持ち上げて困ったように前髪を掻き上げ、そのまま静止する。
 いつもと変わらぬラフな部屋着で、髪だっていつもと変わらず濡れたままなのに……綺麗な碧い瞳に滲ませる彼の感情だけが、明らかに違っていた。

「……ジルベルト?」

 身体の具合でも悪いのだろうか。
 だがいつだって部屋を訪ねたマリアを優しく気遣い、熱があっても弱音など吐かず平気だと言い張る人だ。

「ああ、すまない。中に、入るか……?」

 ——入るか、って、どう言う意味でしょう? 
 入らない、なんて選択肢は、これまで一度も無かった。

「どこか、具合でも悪いのですか?」
「いいや、そうではないが」

 ちら、と目が合えば、やはりすぐに逸らせてしまう。しまいには不機嫌そうにうつむいて、

「……入って」
 
 ひどく気まずそうにマリアを招き入れようとする。ジルベルトがこんなふうでは、マリアとて易々と従うわけにはいかなかった。

「あの……もしも、私がお部屋に入ることをお望みでないのなら……今夜は、帰ります」

 そうは言ったものの。
 マリアを揶揄(からか)い、冗談を仕掛けては戸惑わせるのが好きなジルベルトのこと。
 心のどこかで期待をしていた。これも何かのサプライズで……いつものように「冗談だよ」って、笑ってくれる——。