早朝の話し合いが終わった後、アナスタシアとアーヴェントはすぐにリュミエール王国に向かうための準備に取り掛かる。

「アナ様、お手伝い致しますねっ!」

「ありがとう、メイ。助かるわ」

 アナスタシアもメイに手伝ってもらい身なりを整え、綺麗な外行きのドレスに着替える。祝賀パーティの時につけていた指輪、イヤリング、ネックレスも身に纏う。

(これからリュミエール王国に行き、その先で叔父様達と向かい合うのね。なら身なりも、そして気持ちもそれ相応の状態で臨まなくちゃ)

 準備を済ませたアナスタシアはメイと共に玄関ホールに下りていく。そこには先に支度を済ませ、立ち姿が凛々しいアーヴェントの姿があった。こちらを見上げる深紅の瞳と青と赤の瞳が見つめ合う。

「やはり似合っている。とても綺麗だ、アナスタシア」

「ありがとうございます。アーヴェント様」

 アーヴェントが差し出した右手に自らの右手を添える。メイもとても誇らしげだ。そこにゾルンが声を掛ける。アナスタシアが目を向けると玄関まで敷かれた絨毯の両脇に七人の使用人達の姿があった。

「アーヴェント様。留守はお任せください」

「ああ、頼んだぞ」

 ゾルンが深い礼をする。ラストが明るい表情を浮かべていた。

「お二人とも、しっかり決着をつけてきてくださいませ。帰ったらお茶をしましょうね」

「ありがとう、ラスト。行ってくるわね」

 その言葉にアナスタシアが微笑んでみせた。すると他の使用人達も言葉を贈る。

「お、お二人とも帰ったら美味しい料理を腕によりをかけて作らせて頂きます。が、頑張って来てください」

 コック帽を強く胸に抱きしめながらナイトが言葉を口にする。

「草花達もボクもお二人のお帰りをお待ちしていますからね」

 アルガンは深い礼と共に羽帽子を軽く上げてみせる。

「旦那様も奥様もガツンと行ってきてくださいよ!」

 グラトンは相変わらずバケットを頬張りながら拳を突きあげて声援を送る。

「ほっほっほ。相手側の腑抜けた顔が直接見えないのは残念じゃが、土産話は楽しみにしておるからのぉ」

 腰を曲げた状態でグリフが皮肉を口にしてみせる。

 そして玄関の扉の前には七人目。しっかりと執事服を着こなすフェオルの姿があった。背中には可愛い青いナイトキャップを被ったぬいぐるみの姿も見える。フェオルは一礼した後、口を開いた。

「アーヴェント様、アナスタシア様。今回は七人の使用人を代表して、このフェオルが御者としてリュミエール王国までお連れいたします。宜しくお願いいたします」

「ありがとう、フェオル。頼りにしているわ」

「……すぴぃ」

 こくりこくりと、フェオルが頭を揺らす。近づいてきたゾルンが咳払いをしてみせる。

「フェオル」

「……寝ていません。頭の体操をしていただけです」

 そんないつものやりとりを見てアナスタシアは笑みを浮かべていた。そんな楽し気な彼女をアーヴェントは愛おしい眼差しで見つめていた。気負いも緊張もしていないことに安堵していた。

「では馬車の準備をしてまいります」

 先にフェオルが玄関から出て、馬車の手配をしに車庫へと向かう。すると最後にメイがアナスタシアの声を掛ける。心配そうな表情を浮かべていた。

「アナ様、メイはお屋敷の留守を守っていますね」

「頼んだわね、メイ」

 メイは胸に添えた右手を強く握りしめながらアナスタシアに気持ちのこもった声援を送る。

「必ずやラスター様とルフレ様の名誉を取り戻してきてください。そしてアナ様の心をずっと掴んで離さなかったしがらみを解き放ち、笑顔で帰ってきてくださいね!」

(メイもゾルン達も真心を込めて私とアーヴェント様を送り出してくれているのね……私は本当に素敵な家族を持って幸せ者ね)

「ありがとう、メイ。それにみんなも。それじゃあ、行ってきます」

『行ってらっしゃいませ』

 使用人達は再び、深い礼をして二人を送り出してくれた。ちょうど玄関先にフェオルが操る馬車が到着する。アーヴェントはアナスタシアの手を引いて馬車の前まで足を進める。

「さあ、アナスタシア。行こうか」

「はい。アーヴェント様」

 アーヴェントのエスコートでアナスタシアは馬車に乗り込む。メイ達は最後まで見送りをしてくれていた。車窓からアナスタシアは手を振ってみせる。

 そしてアナスタシアは車内で視線に気づく。御者席とのやりとりをする小窓から目をあけたクマのぬいぐるみがこちらを見つめていた。既にアナスタシアにはそれが何か気づいていた。優しく微笑んでみせると、クマのぬいぐるみはウィンクをして再び瞳を閉じた。

「それではリュミエール王国へとまいります」

 フェオルの掛け声で馬車はオースティン家の屋敷を出発するのだった。時は一刻を争うということで、フェオルの空間魔法を駆使し一気に国境付近まで移動する。

 その車内でアーヴェントはアナスタシアに最後の確認をしていた。

「アナスタシア、これからリュミエール城へと赴きシリウス陛下と共にレイヴン達の悪行を暴くことになる。気持ちの準備はいいだろうか?」

 深紅の瞳がアナスタシアを映す。彼女を想っての配慮だった。その配慮がアナスタシアにはとても嬉しいものだった。

(アーヴェント様は最後まで私のことを心配してくださっているのね……とても嬉しい。私もそれに応えなくちゃ……)

 アナスタシアは静かに頷き、青と赤の両の瞳にアーヴェントの姿を映し出す。

「はい。私も心の準備は既に出来ております」

 そうか、とアーヴェントは柔らかい表情を浮かべながらアナスタシアの両手をしっかりと握りしめてくれた。小窓からフェオルがしっかりとその様子を覗いていたのは内緒だ。

 国境へと差し掛かる。だが、馬車は止まる様子はない。リュミエール王国側の兵士達は馬車に向かって敬礼をしてみせていた。

「アーヴェント様、これは……?」

「既にフェオルの力を使ってリチャードがシリウス陛下の率いる『影』に連絡を取ってある。ここに配置されている兵士達は皆、シリウス陛下を支持する傘下の者達だ」

 リュミエール王国側への根回しも既に水面下で行われていたのだ。もちろん、レイヴン達はこのことを知る由もない。国境を超える際にシェイド王国側の兵士達も敬礼をして馬車を見送るのだった。

 アーヴェントとアナスタシアの乗った馬車はいよいよリュミエール王国へと入国し、一路王城を目指すのだった。

 全ての決着をつけるため、二人はシリウス王へ謁見を果たすことになる。