食堂に三人の賊が扉を開けて入ると、テーブルの上には執事服を着崩した銀髪の青年の姿があった。気だるそうに前屈みでバケットを頬張っている。その異様な光景に賊達は気圧される。

「な、なんだお前は?」

「ん? あー、やっと出番か。オレはここの使用人兼用心棒って奴だ」

 前屈みの姿勢で青年は自分の素性を口にする。首を左右に振るとポキポキと骨が鳴る音が食堂に響く。その様子をみた三人の賊は身構える。

「お前みたいな若造が用心棒だと? ふざけやがってっ」
「待て、見た目で判断するな。確かに、前情報では強い用心棒がいるって話だ」
「だが一人だろ? こっちは三人いるんだ、わけないぜ!」

 戦闘態勢に入った三人を見ながら、青年は残りのバケットを口いっぱいに頬張った。

「ふーん。賊って言うくらいだ。少しは喰いごたえがあるといいけどなぁ」

「何をわけのわからないことを! いくぞ!」
「おう!」

 ナイフを取り出した二人が、テーブルに腰かけたままの青年に襲い掛かる。一人は左側から、もう一人はテーブルの上に飛び乗って斬りかかった。二人の賊の攻撃が空を斬る。そこには青年の姿は既になかった。

「何っ?」
「避けただとっ?」

 周りを確認すると部屋の奥に青年の姿があった。あの一瞬でこの距離を移動したのかと思うと、賊達の警戒の度合いは上がる。

「こいつ……!」
「た、たまたまだ!」

 コキコキと首を鳴らしながら青年は前屈みの姿勢から身体を起こす。前屈みだったからわからなかったが、かなりの長身だ。賊三人は皆、再び身構える。

「ほうほう、多少はデキるみたいだなぁ。ちゃんと急所も狙ってきてる。いい腕だ」

 着崩した執事服の肩の辺りの埃を払いながら青年が余裕の態度を見せる。相手はその態度が気に食わなかったようだ。

「ぬかせ!」
「今度は外さん!」

 バッと二人が青年との距離を詰めてくる。そこからのナイフでの連続攻撃が繰り出される。しかも、その一撃一撃が相手の急所を狙った攻撃だ。だが、青年はその攻撃を長身にもかかわらずヒラヒラと紙一重でかわしていく。

「ちっ!」
「こいつっ!」

「ほらよっと!」

 二人の賊の攻撃の隙を見て、青年がそれぞれに鋭い蹴りを繰り出す。賊二人は三人目がいる後方まで吹き飛ばされた。しかし、受け身を上手くとったようで少しの間の後に立ち上がった。

「大丈夫か、二人ともっ」
「くそ、なんて重い蹴りだ……」
「だが、まだいけるぜ」

 三人の賊は冷たい視線を青年に送る。また何か仕掛けてくるつもりなのだろう。すると青年は拍手をしてみせる。

「おーおー。手加減してたとは言え、オレの蹴りを喰らってまだ立ち上がるかぁ。これなら、まあ及第点はあげても良さそうだな」

 青年の上から目線の態度に気を悪くしたようで、三人の賊は各自目で合図を送り互いに頷く。

「おい、若造。あまり調子に乗るなよ」
「オレ達はこの組織の中でも実力と連携には自信があるんだぜ」
「特別に見せてやる! 冥途の土産にとくと味わうんだな!」

「お? 何かする気か?」

 食堂の奥からこちらの様子を伺う青年をよそに距離が離れた場所に立つ三人の賊はそれぞれ詠唱を始める。足元に魔法陣が浮かびあがる。

「しまった! 魔法かっ!?」

 青年が急に焦る。それもそのはずだ。いかに動きが早くともここまで離れた距離では詠唱を妨害する前に魔法が放たれてしまうと思ったのだろう。ニヤリ、と三人の賊はローブ越しに笑みを浮かべる。

「馬鹿め!」
「これもオレ達の作戦だ!」
「余裕ぶったことをあの世で後悔するんだな!」

 三人の賊の詠唱が完了する。炎、雷、風の三種類の魔法が繰り出され、青年目掛けて放たれた。そして三つの魔法は互いに混ざり合い、威力と速度を増す。

「みたか!」
「オレ達の!」
「合体魔法!」

 三人の賊の大きな声が食堂に響き渡る。青年は絶望からか口を大きく開いていた。賊達はあまりの驚きからの仕草だと思い、勝ち誇っていた。

 その光景を見るまでは。

 次の瞬間、混ざり合った魔法が開いた口に吸い込まれるように消え去る。

『は……?』

 三人の賊は呆気に取られていた。青年は無事にその場に立っており、まるで食べ物を咀嚼するように口を動かしていた。

「ふう……駄目だな。混ざり合ってはいるがそれぞれの魔法の主張が強すぎて味が悪くなってやがる」

 その様子を見て、三人の賊は冷や汗を流しながら震えた声をあげていた。

「ま……」
「魔法を……」
「く……喰っただと!?」

 ローブ越しに青ざめた顔を浮かべる賊達を見て、青年はニヤリと笑って見せる。

「やっぱり喰いごたえはなかったみたいだなぁ。ま、夜食までの繋ぎにはなったか」

 細い身体のちょうど胃のあたりを青年はポンポンと右手で叩く。その異様な光景を見て、三人の賊は完全に萎縮してしまっていた。

「対抗呪文……か?!」
「いや、アイツは詠唱すらしてねえよ!」
「な、何なんだお前は……!?」

 実力があるからこそ、相手の強さの底が見えないことで三人の賊は腰を抜かしてしまう。青年はゆっくりと賊に近づいてくると前屈みの姿勢になりながらヘラヘラと笑ってみせた。

「オレはグラトン、『暴食』を司る精霊よ。まあ、手練れだってことは褒めてやるよ。喰いごたえはイマイチだったけどなぁ」

「せ、精霊?!」
「な、何をふざけたことをっ」
「そんなのおとぎ話の中の存在だろ?!」

 ニヤリ、と再びグラトンは笑みを浮かべる。

「あいにく、オレはまだ腹が減ってるんだよ。命は取らないでおいてやるから……お前達の残りの魔力、全部喰わせてもらうぜ?」

『ひ、ひぃぃぃ!!』

 食堂の壁に大きな影が伸びていく。その影は大きな口を開き、三人の賊の影を瞬く間に飲み込んだ。

バクン!

 食堂に一際大きな音が響く。そしてその後には元の静寂が戻って来た。グラトンの足元には青ざめた顔色で口から泡を吹いたまま意識を失っている三人の賊の姿があった。グラトンは口元を拭い、食事を終えた仕草をしてみせる。

「味は悪いが、三人分の魔力とくれば少しは腹の足しになったな。まったく、旦那……いや、ご主人様に喧嘩を売ろうなんて馬鹿な奴らだよ。それにお前達にお嬢のエスコートは荷が重すぎるってもんよ……って聞こえてないか」

 前屈みの姿勢でケラケラとグラトンは笑う。

「さてと、オレの仕事は終わったな。後片付けをしてナイトに夜食でも作ってもらうかなっ」

 意識を失った賊三人を軽々と抱えるとグラトンは飄々とした足取りで食堂を後にするのだった。