広い厨房には二人の賊の姿があった。ここだけは他の部屋と違い明かりがついていた。中に入るとコック帽を被り、料理人の服を着た恰幅のいい男性が料理をしていたのだ。二人の賊はナイフを取り出し、男性を脅す。

「おい、他の奴らはどこに隠れてるんだ?」
「大人しく言わないと、酷い目に合うぜ!」

 身体をビクビクさせながら男性は怯えている様子だ。

「え、えっと……そ、その危ないモノは降ろしませんかっ?」

「いいから早く言え!」

「ひ、ひぃ……っ」

 じりじりと一人が怯えて立ちすくむ男性にナイフを突きつけながら近づいていく。もう一人も後に続くが、厨房の台の上に置かれていたホールケーキに気付き足を止める。

「こいつが作ったのか? なんかすごく美味そうだな」
「何してるんだ、お前。仕事中だぞ?」
「どうせ、コイツも始末するんだし食べ物に手をつけちゃ駄目なんて命令はないだろ?」
「お前なぁ……」

 二人の賊はそんな会話をしていた。男性はその光景を見て慌てふためく。

「ああ、そのケーキは食べちゃだめですっ。それは明日大事な方に食べて頂くケーキなんですっ」

「うるせえ! お前達に明日はないんだよっ。無駄にしないようにオレが食ってやるぜ」

 そしてケーキに興味を持っていた賊の一人が口元をさらけ出し、素手でケーキを掴んで頬張る。その味は思わず声が出るほどの美味しさだった。

「ああ……」

 男性はその様子を見て、肩を降ろす。

「なんだ、このケーキ。めちゃくちゃ美味いぞ!?」

 その反応にナイフを男性に突き付けていたもう一人の賊も興味を持ったようで、近づいてきた。

「そんなに美味いのか?」
「ああ、お前も食ってみろよ」

 肩を落として俯く男性に警戒しながら、もう一人も素手で一部が崩れたケーキを掴むと口に入れる。やはりあまりの美味しさに声が出た。

「ほ、本当だな! この屋敷の奴ら、いつもこんな美味いもん食べてるのかよ!?」
「やっぱ金持ちは違うな」

 二人の賊はケーキの前でヘラヘラと笑いながら、ケーキをつまんでいく。綺麗に仕上がっていたケーキは見る影もなく、まるでネズミに食べられたようにボロボロに崩れてしまっていた。

「……」

 すると肩を落としていた男性が何かを呟いた。小さい声だったので二人には聞き取れなかったようだ。食べるのを止めて、男性の方に再びナイフを突きつける二人の賊の口元にはケーキのクリームで汚れていた。

「おい、何か言ったか?」
「へ、大事なケーキを食べられて残念だったなぁ」

 相変わらず二人の賊はヘラヘラと笑う。

「……そのケーキはお前達のために……作ったんじゃない」

 男性は俯きながら先程よりも大きな声で言葉を口にする。それを聞いた二人の賊は笑ってみせる。

「なんだ? 本当にケーキを食べられて悲しかったのかよ? おめでたい奴だな」
「自分が今から酷い目に合うっていうのにたかがお菓子の心配かよ?」

 賊の言葉を聞いた男性が呟く。

()()()()()()……?」

 ピクっと男性の身体が震える。その拍子に被っていたコック帽が床に落ちた。男性の様子をみた二人の賊は大きな笑い声をあげる。

「料理人って奴は本当に頭まで料理のことでいっぱいなんだな!」
「そうだ、オレ達に何か料理を作れ! そしたらお前だけは勘弁してやってもいいぜ?」

「……」

 笑われながら、男性は落ちたコック帽をゆっくりと拾い上げ頭の上に被せる。

「ほら、命が惜しかったら早く料理を作れよ!」
「オレ達は気が短いんだぜぇ?」

 尚も調子づいた二人の賊が男性にナイフを向けながら命令してくる。その次の瞬間だった。ナイフを突きつけていた賊の方が地面に倒れ込んだのだ。

「おい! お前、いきなりどうしたんだよ? びっくりさせるなよ」
「が……あ……っ」

 倒れ込んだ賊は声を出すことも出来ないようだ。異変に気付いたもう一人の賊が身体を倒れ込んだ賊を起こそうとするが、まるで厨房の床に接着されたようにピクリとも動かない。倒れこんだ賊は苦しい表情を浮かべていた。

「ど、どうなってやがる!?」

 ハッと気が付くと、俯いた男性が近づいてきていた。

「まさか何かの魔法か?! おい、お前何かしやがったのか?!」

 ゆっくりと立ち上がりながら、もう一人の賊は男性にナイフを突きつける。男性は俯きながら呟いた。

「ハハ……良いザマだ」

 その言葉に刹那、気圧された賊が威嚇する。

「や、やっぱりお前の仕業か?! 一体何をしやがった……がっ!?」

 次の瞬間、威嚇していた賊の身体が急に重くなったのだ。立ち上がっていられずにそのまま地面に倒れ込んだ。

「な……なんだ……これ……はっ!?」

 隣で倒れ込む賊と違って、まだ話す余裕があるようだ。見上げることも出来ず、足元に見える男性の靴を見つめながら言葉を発する。それを見下ろす男性は陽気な声と口調で声を掛けてきた。

「まだ話せるノカ。まあ、オマエ達には地面に這いつくばる姿がお似合いダナ」

「お……おまえ……ただの……料理人じゃ……なかった……のか」

 尚も上からかかる重さが増えていく中で賊が声をひねり出す。

「ハハハ。ドウダ? オレの『権能(ちから)』ハ? 苦しいカ? でも、オマエ達がオレの作ったお菓子をカッテに食べたのが悪いんダゾ?」

 賊には顔は見えないが、男性はとても良い笑顔を浮かべていた。怖いほどの笑顔をだ。口調も先程とはまるで変っている。

「お……まえは……いった……い?!」

 片言で再び地面に這いつくばる賊が声を掛ける。その様子を楽しむように男性は一度コック帽の位置を直すと返事をする。

「オレはナイト。『嫉妬』を司る精霊ダ。ナイト、料理がスキ。でもオマエ達はキライだ」

「がっ……」

 そこまでナイトが喋ると賊は上からのしかかる激しい重さに耐えかねて気を失ってしまった。それを無視するように通り過ぎたナイトは賊達に食べられてボロボロになってしまったケーキを見つめる。いつのまにか口調がいつものナイトに戻っていた。

「はぁ……せっかくアナスタシア様とアーヴェント様のために作ったケーキだったのに……。この人達のせいで台無しになってしまいました……また作り直さないと」

 ナイトは大きくため息を吐く。

「わたくしは料理を作る時とお出しする時にしか積極的にお二人とお話する機会がない……ああ、ゾルンとラストは仕事柄いつもアナスタシア様とアーヴェント様の傍にいるし……フェオルは先日、ガゼボでアナスタシア様とお茶をしていたし……アルガンも楽しそうにアナスタシア様とお庭を周っていたし……いつもバケットをつまみ食いしていくグラトンはアナスタシア様に手料理をご馳走してもらっていたし……グリフだって二人きりでお話をしているし……ああ、妬ましい」

 ナイトはぶつぶつと長い言葉を口にしていた。そしてボロボロになったケーキを片付けると気を失った賊二人をよそに再びケーキを作り出す。

「でも、美味しいケーキをお出しすれば私の敬愛するアナスタシア様とアーヴェント様達とお話する機会が頂けるから頑張らないと! はあ、明日が楽しみだなぁ。わたくしの作ったケーキを口いっぱいに頬張るお二人の姿を間近で見られるんですからねっ。さあ、気合いを入れて美味しいケーキをお作りしなければっ」

 心を弾ませた声が静かな厨房に響き渡るのだった。