三人の賊が中庭へと姿を見せる。見取り図ではこの中庭を越えた所には庭園が広がり、その奥には菜園があるとの情報から姿が見えない使用人達や標的である令嬢がそこに隠れているのではないかと当たりをつけていたのだ。

 だが、賊達は中庭で驚きの光景を目にする。庭師と思われる青年が鼻歌まじりで剪定をしていたからだ。中庭に姿を見せたこちらに刹那、目を向けた後再び手を動かす。その光景が賊達の目には異様な雰囲気をかもしだしていた。

「こ、こんな時間に庭の剪定だと……?!」

 一人が呟く。静かな中庭ではその呟きもはっきりと庭師の青年には聞こえたようで、返事をする。

「この子達が夜の間に手入れをして欲しいって聞かなくてね。朝の光を誰よりも一番浴びたい『我がまま』な子達なんだよ」

 小さめの剪定バサミを使い、まるで人の髪を整えるような口ぶりだ。

「ふふ。彼らが気になるのかい? 恥ずかしいのかな?」

 さらにその庭師の青年はまるで草木と会話しているかのように言葉を口にする。黒いローブの男達が三人目の前にいるこの状況を物ともしていない様子だ。いや、逆にその態度が賊には気味が悪く映っていた。

「こ、こいつ何かおかしくないか?」
「何びびってんだよ! コイツに他の奴らの場所を聞けばいい話だろ」

 三人のうち、大柄の賊がナイフを取り出して庭師の青年に近づいていく。

「おい、お前! 他の奴らが何処にいるか教えろ……さもないと命はないぜ?」

「うんうん、なるほどね。こっちも短く切りそろえて欲しいんだね」

「テメエ、いつまで無視してるつもりだ!」

 大柄の賊が息まきながら首筋にナイフを突き立てるとやっと青年の動きが止まる。その青年は突き立てられたナイフの切っ先から持ち主である大柄の賊に目線を移していく。すると柔らかく微笑んだ。刹那、大柄の男が気圧される。

「な、何笑ってやがる」

「気づくのが遅れてごめんね。さては迷子かな?」

「ふざけるなよ、小僧! 早く他の奴らの場所を教えねえとお前の喉元にこのナイフを突き立てるぞ!」

 青年の放つ異様な雰囲気を振り払うように大柄の賊はナイフを青年の喉元に向ける。

「おやおや、それは困ったなぁ」

 青年は手にしていた剪定バサミを腰に巻き付けた道具入れにしまう。ニヤリと大柄の賊は笑みを浮かべる。やっと自分に会話の主導権が渡ったと確信したからだ。ナイフをじりじりと相手に向けながら口を開く。

「へへ、ほら早く教えろ。教えてくれたら、お前だけは助けてやってもいいぞ」

「本当かい?」

「ああ、オレは優しいからな」

 他の二人は青年の雰囲気に腰が引けているようで、大柄の賊に任せて自分達はその様子を見守っていた。

「アイツ、度胸あるな」
「オレはあんな草木と話すような気持ち悪い奴はとっととヤっちまうけどな」
「お前、びびってんだろ」
「ちげーよ。お前こそびびってんじゃねえよ」

 その様子を青年はじっと見つめていた。

「ほら、早く言わないとうっかり手がすべっちまいそうだぜ?」

 大柄の賊がナイフを更に青年の喉元に近づける。後一歩踏み込まれたら、鋭利なナイフの先が当たりそうな距離だ。そんな状況で青年が口を開いた。

「ふふ。どうせ教えた瞬間にナイフを突き立てるんだろ?」

 大柄の賊が再び笑みを浮かべる。

「ははは。随分余裕じゃねえか。せっかく見逃してやろうと思ったが、気が変わった。お前のその無駄に整った顔が引きつる所がみたくなったぜ」

「教えてくれたら見逃してくれるんじゃなかったのかい?」

「気が変わったって言っただろ? 残念だったな小僧」

 黒いローブで隠されているが、大柄の賊は酷い笑顔を浮かべていた。それを見た青年は黙り込む。その様子を見て、相手は更に大きな態度を見せる。

「怖いだろぉ? 命乞いしてみせろよ? そうしたら考え直してやってもいいぜ?」

 上機嫌で青年の前にナイフをちらつかせる。すると俯いていた青年が口を開いた。静かな中庭に笑い声が響いた。

「ふふふ」

「何笑ってやがる?!」

 青年は顔を上げると、更に言葉を口にする。

「キミのその自分よがりな所、ボクは嫌いじゃないよ」

 そっと自分に向けられたナイフの切っ先を青年が摘まんでみせる。すると大柄の男の表情がみるみる変わっていく。

「!?」

 後ろで見ていた残りの二人が不思議そうに声を掛ける。

「何してんだよ、もう早くヤっちまえよ」
「おい、何か変じゃないか?」
「何がだよ?」
「アイツ……震えてないか?」

一人が気づいたようだ。大柄の賊の大きな両肩がぶるぶると震えだしていた。

「な、何で……身体が動かねえんだ……?!」

 青年にナイフの先を摘ままれた途端に大柄の賊は身体が凍ったように動くことが出来なくなっていたのだ。青年はゆっくりと目線をナイフの先から大柄の賊の方に移す。

「他人の命をおもちゃのように扱うところもいいね。最初から助けるつもりもないのにさ。ボクが好きな良い『我がまま』っぷりだね」

 目を細めながら青年が不敵に笑う。それを見た大柄の賊の背筋が冷たくなる。冷や汗がどっとローブの隙間から溢れてきた。

「でも……()()()()の方がキミよりもっと『我がまま』なのさ」

 青年はそっと持っていたナイフの先から指を話す。その途端に大柄の賊の身体の自由が戻った。それを確認すると大柄の賊は大声を上げながらナイフを振り上げる。

「気持ち悪い奴め! これで黙らせてやるぜ!」

 シュルリ、と奇妙な音が大柄の賊の耳に響く。途端に振り上げた右手の動きが止まる。

「こ、今度は一体……な、なんだこれは!?」

 気が付くと、植物のツルのようなものが無数に身体に巻き付いていたのだ。更に自分の背後でも残りの二人の賊の悲鳴が聞こえてきた。唯一動かせる首をそちらに向けると自分と同じように残りの二人も植物のツルに絡まれて宙に吊り上げられていた。

「た、助けてくれ!」
「ひ、ひぃ!」

「おやおや、どうやら手入れを邪魔されて怒っちゃったみたいだね」

「お、お前……一体どんな魔法を……っ!?」

 絡まるツルにがんじがらめにされた大柄の賊が必死に声を上げる。青年は頭に乗せた羽帽子を軽く上げる仕草をしながら笑顔で答える。

「ボクは何もしてないさ。ただキミ達が草木達の機嫌を損ねてしまっただけだよ」

「草木!? そんな馬鹿な……っ」

「草木達だって生きてるのさ。そして生きているモノはみんな()()()()()なのさ。キミのようにね」

「お、お前は一体何なんだ!?」

 ついには大柄の賊も無数に絡みついた植物のツルに吊り上げられる。身体は既に指一本ですら動かせない。その様子をみた庭師の青年は再び、羽帽子を軽く上げながら一礼する。

「ボクはアルガン。『傲慢』を司る精霊さ。と、言ってもボクが手を出す前に草木達に縛り上げられちゃったけどね」

 どこからか伸びる植物のツルの一本がアルガンの右手に軽く巻き付いてきた。アルガンはそのツルを手に取ると軽く口づけをしてみせる。そして耳を傾ける仕草をした。

「何々? 手入れの続きを早くして欲しいって? ふふ、本当に『我がまま』で可愛い子達だね。わかったよ。片付けが終わったら手入れの続きをしてあげるからね」

 中庭には悲鳴が木霊しない。何故なら、三人の賊達は顔まで植物のツルで覆われて声を出すことさえ出来なかったからだ。

「ボクとしては彼らくらいアナスタシア様には『我がまま』になって欲しいな。もっと、もっとね。それがボクの楽しみでもあるんだからね。ふふふ」

 お気に入りの羽帽子を右手で軽く上げた後、楽しそうに笑いながらアルガンはツルに拘束された三人の賊を連れて中庭の奥へと歩いていくのだった。