時間は少し遡り、シェイド王国で行われる終戦記念祝賀パーティーに代表としてハンスとレイヴン、そしてフレデリカが出発した後のリュミエール城でのお話。

 王の居室にシリウスと王妃であるアルトリアの姿があった。公務の合間を見て、話をしている所だった。シリウスは軽く息を吐いた後、窓の外を見つめていた。

「ハンス達は出発したようだな」

「ええ。そうですわね」

 少し前にハンスとレイヴンが王の間を訪れた。内容は祝賀パーティーへの出席の件だった。シリウスは日々、公務と議会で多忙だった為に今回は出席を見送っていた。一度、ハンスに代わりに出席するように声を掛けたがその時は色々な理由を並べられて断られていたのだ。それが今になってリュミエール王国の代表として出席したいと言ってきたのだ。

 連れとして外交官のレイヴン、そして婚約者となったフレデリカが付きそうという。まず先方から来た招待状への返事の有無をシリウス王が確認するとレイヴンは抜かりなく返事は送ってあると答えた。

「私は反対したのだがな……」

「……レイヴン曰く、これは両国に必要な行事ということでハンスの出席を推していましたね」

 アルトリアの言葉に頷きながら、シリウスは再びため息を吐く。先の言葉の通り、シリウスはハンスが祝賀パーティーへと参加することには反対の意を示した。

 しかし、レイヴンが祝賀パーティーに参加する意味を大臣達の前で説くと多くの者達がその考えに賛同したのだ。王を支持する大臣達の声もあったが、半ば押し切られる形でハンスのシェイド王国への訪問は決まったのだ。

「確かに、国王である私が出席出来ないとなれば王太子であるハンスが代わりに出席することでシェイド王国への体裁を保つことは出来る……実際にはそれが最善だというのはわかる。だが……今回はその経緯が気にいらないのだ」

「ハンスは一度、陛下の提案を断っていますものね」

「ああ。それが今になって急に参加したいとは……何か野心に似たものを奴の瞳の奥から感じた。それを止めることも出来ずに何が王か……」

 顔を右手で覆いながらシリウスが呟く。後ろからゆっくりとアルトリアが近づいてくる。

「レイヴンが大臣達の前で説いた内容は筋が通っておりました。それがこの国の為になるということで多くの大臣達はレイヴンの言葉に賛同したのです。あの状況では仕方なかったのです。レイヴンは賢しい男ですから……」

「そうだな。お前の言う通りだ。議会でもレイヴンは力を持ち始めた。外交官でもある奴を支持する者達も日に日に多くなってきている。それによって改革派の動きが活発になり、議会はこの国のこれからの在り方を巡ってひっ迫している……そのために私の力が抑えられているのが現状だ」

 シリウスは険しい表情で居室にある自分の机の上の資料に目を向ける。色々な書類が机の上に並べられていた。魔獣に関する報告書、領地に関する資料、そしてリュミエール王国の封蝋が押された手紙が見える。

「アルトリア、お前も国母という立場なら理解してくれ。国に必要なのは王族や貴族達の体面でも権力でもない……国で生きる民の幸せなのだ」

「はい、陛下。私も以前までは……半信半疑でしたが今回のハンスによるアナスタシアとの婚約破棄の件で確信致しました。陛下が以前から仰っていたことが真実だということが。そして王妃として覚悟も決まりました」

 アルトリアの決意に満ちた眼差しを見てシリウスが静かに頷く。

「今は亡き、ラスター達との約束を私は果たさねばならん……」

「陛下……」

「希望の灯はまだ消えていない。今も多くの者達が最善の行動をとってくれているだろう……私はそれを信じて私の出来ることをやるだけだ。アルトリア、お前も私に力を貸してくれ」

「もちろんですわ、陛下」

 柔らかい表情でアルトリアがシリウスを見つめる。その瞳には長い月日で育んだ信頼が浮かび上がっていた。シリウスも彼女の目を見つめながら微笑む。その後、再び窓の外を見つめる。先ほどまで晴れていた空は厚い雲に覆われ始めていた。

「この先、恐らく大きな波がこの国を覆うやもしれん……私も今以上に力を押さえ込まれる可能性もある……だが、これは千載一遇のチャンスでもある。私達は二つの国のために出来ることをせねばならない」

「何があっても私は陛下についてまいります」

「ありがとう、アルトリア」

 二人は見つめ合い、手と手を取り合う。その時机の上にあった手紙が床に静かに落ちた。封蝋の押された手紙の端には『眠れる獅子より』という言葉が綴られていた。

 この後、しばらくしてリュミエール王国を揺るがす事件が起こることになる。そのことをシリウスはこの時から予見していたのだ。

 物語は大きく動き始めていたのだった。