一年に一度開催される終戦記念祝賀パーティーに参加するために、アーヴェントやアナスタシアは前日から王都の別邸に滞在していた。共に連れて来た使用人達は前回のメンバーに侍女になったメイを加えた編成だ。

 その午後、事前に手紙で連絡を取っていたケネス子爵が訪れ出来上がったアナスタシアのためのイヤリング、ネックレス、そして指輪を持参していた。

 イヤリングには真っ赤なルビーがキラリと輝き、ネックレスには加工が美しい白銀のダイヤが中央に嵌められていた。そして指輪は以前みせてもらった世にも珍しい青と赤の宝石があしらわれていた

「本当に良い出来だな、ケネス。礼を言う」

「ご期待に応えられて光栄でございます」

 応接室では職人の技が光る装飾品を見てアーヴェントがとても喜んでいた。思わず笑みが零れる。そんなアーヴェントの反応を見て、ケネスも嬉しそうに微笑んでいた。アーヴェントの隣に座るアナスタシアもその装飾品たちを見て、瞳を輝かせていた。

(このイヤリングに施されている真っ赤なルビー、まるでアーヴェント様の瞳のように澄んだ深紅の色をしているのね)

 アナスタシアの視線に気づいたケネスが説明をしてくれた。

「こちらのイヤリングの深紅のルビーはアーヴェント様からの希望のものになります」

「そういえば以前、そんなことを言っていたわね」

「アナスタシア様にはご自分の深紅の瞳と同じ宝石を身に着けてほしいとのご要望でした」

 ケネスの説明を受けてアナスタシアは隣のアーヴェントに視線を向ける。彼はとても満足げにアナスタシアのことを見つめていた。

「俺の一部をお前が身に着けてくれることで周りの者にアナスタシアは俺のものだと知らしめることが出来るからな」

 アーヴェントのその言葉を聞いたアナスタシアは顔を赤らめる。そっと胸に手を添えながら心臓が高鳴るのを必死に抑える。

(アーヴェント様がそんな想いを込めていたなんて……それを真っすぐな瞳で見つめられながら言われてしまったら、私ときめいてしまうわ……)

そんなアナスタシアの反応を見て、アーヴェントは満足げな仕草をしていた。ケネスも二人のそんな様子を優しく見守ってくれていた。

 ケネスは用件を済ませると、パーティーに参加する二人を祝いながら別邸を後にした。その後は以前に王都に来た時に頼んでいたアナスタシアのドレスと靴も届けられた。これで準備は整った。アナスタシアも明日のパーティーを楽しみにしていた。

 翌日の夕方、ラストとメイに手伝ってもらいアナスタシアはパーティーへの準備を進めていた。ドレスはアーヴェントの髪色に似せた薄紫を基調とし、美しい装飾が施されていた。アナスタシアの持つ清楚なイメージを損なわない絶妙な仕上がりだ。鏡の前に立つアナスタシアを見てメイも目をキラキラと輝かせていた。

「アナ様、とってもお似合いですぅ。はぅ……メイはそんなアナ様のお手伝いが出来て嬉しいです」

「メイの言う通り、とてもお似合いですわ。それにアナスタシア様の持つ気品も漂っていてお美しいですわね」

 ラストも頬のあたりに手を当てながらうっとりと鏡越しにアナスタシアの姿を眺めていた。

「二人ともありがとう。私も二人に手伝ってもらって嬉しいわ」

 アナスタシアも満面の笑みを浮かべながらお礼の言葉を口にする。

「はぅ……可愛さもいつもよりも数段跳ね上がっていますね。思わず抱きしめたくなっちゃいますぅ」

「メイ、まだ仕事は終わっていないのですから気を抜かないでくださいね。それにアナスタシア様を抱きしめるのはアーヴェント様の特権ですよ」

「にゃ! 確かに……」

(もう、ラストったら……)

 ドレスと靴を身に着けたアナスタシアは化粧台の前に座る。髪のセットと化粧はラストが担当し、メイはイヤリング等の装飾品を身に着ける手伝いをする。指輪はアーヴェントからつけてもらう予定だ。

「このイヤリングもネックレスもとてもアナ様にお似合いですねぇ」

「ありがとう、メイ」

「それにこのイヤリングの宝石、とても真っ赤で綺麗ですねぇ」

「それは……アーヴェント様が自分の瞳と同じ色の物を私に身に着けてほしいって希望で作って頂いたそうなの」

(昨日のアーヴェント様の表情を思い出すと……また心臓が高鳴ってしまうわ)

 少し俯き加減でアナスタシアは鏡越しにラストを見つめていた。

「それはとてもアーヴェント様らしいですわね」

 化粧を施しながらラストも柔らかく微笑む。彼女の化粧でアナスタシアの整った顔が更にくっきりとしたものになる。次いで髪に櫛を通していく。ハニーブロンドの綺麗な艶のある髪が整えられていく。

「後は緊張しすぎずに、ご自分に自信を持ってさえいれば完璧ですわ。どうぞ、楽しんできてくださいませ」

「ありがとう、ラスト」

「アナ様、とってもとってもお美しいですよっ!」

「メイもありがとうね」

 二人に連れられてアナスタシアは二階から玄関ホールへと向かう。既に玄関ホールにはパーティー用の正装に着替えたアーヴェントが待っていた。いつもよりも凛々しくアナスタシアの青と赤の瞳には映っていた。近づくにつれて鼓動も大きくなっていく。

「アーヴェント様、お待たせ致しました……」

 階段をゆっくりと降りながら、アナスタシアは階下で待つアーヴェントに声を掛ける。するとアーヴェントはそっと振り返る。彼はとても綺麗になったアナスタシアの姿に刹那、目を奪われていた。ふっと我に返ると両の深紅の瞳と柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「よく似合っているよ、アナスタシア。とても綺麗だ」

「ありがとうございます……」

 アナスタシアもアーヴェントの瞳を青と赤の両の瞳で見つめる。そこにアーヴェントが近づいてくる。ポケットに忍ばせていた小箱を取り出すとアナスタシアに声を掛けた。

「アナスタシア、指輪を」

「……はい」

 心臓が高鳴りながらアナスタシアがそっと右手をアーヴェントの前に差し出す。まるで宝物を扱うようにアーヴェントがその手を優しく掴むと小箱の中に入っていた指輪を薬指にゆっくりと嵌めてくれた。二色の宝石がキラリと照明の光を反射して美しく輝きを放つ。

(私の両の瞳と同じ色をした宝石の指輪……アーヴェント様の深紅の瞳と同じルビーのイヤリング……そして綺麗で澄んだ輝きを放つネックレス……こんなに嬉しい贈り物は生まれて初めて……アーヴェント様の想いが伝わってくるようだわ)

 嵌められた指輪を見つめながらアナスタシアは幸せをゆっくりと実感していた。アーヴェントの方を見つめると彼は柔らかく微笑んでくれた。アナスタシアも頷き、同じように微笑む。

「それじゃ、行こうか。アナスタシア」

「はい。アーヴェント様」

 メイやラスト、使用人達に見送られた二人はフェオルが御者を務める馬車に乗り込む。不意に車内の小窓が開く。

「アナスタシア様、とてもお美しいですね。そんな貴方様の送迎ができること、このフェオルとても感激しております。アーヴェント様もアナスタシア様をどうぞ宜しくおねがいいたします」

「ああ、わかっている」

「ありがとう、フェオル」

「お言葉、光栄です。ではでは、王城へ出発しまぁす」

 嬉しそうな声色でフェオルが馬を走らせる。向かう王城は華やかに輝いていた。