メイがアナスタシアの侍女になって数日が過ぎたある日。アーヴェントはアナスタシアを執務室に誘いお茶を飲みながら会話を楽しんでいた。二人の傍らにはメイとラストの姿もあった。

「そうか、メイはもう使用人達とは仲良くなったのか」

「はいっ。料理長のナイト様には適宜、アナ様のお好きなものを相談しておりますし庭師のアルガン様には先日顔合わせ致しました。用心棒のグラトン様には食堂で何度か会って話をしました! グリフ様だけは……部屋から出てこられないので、お会い出来ていません」

 アーヴェントに尋ねられたメイは明るい調子で使用人達と話をしたことを語る。最後のグリフの所だけは少ししょんぼりした口調で話していた。

「大丈夫よ、メイ。グリフとはいずれちゃんと話が出来ると思うわ」

「はいっ。その時を楽しみにしてますっ!」

 メイは直ぐに調子を取り戻す。この切り替えの早さと順応する力がメイの原動力でもあるのだ。そんな彼女を見てアナスタシアは微笑む。その楽し気な様子をアーヴェントは見つめていた。

「ラスト、メイ。少しアナスタシアと二人きりで話をしたいんだが……」

 ラストはアーヴェントの様子から察したようで、すぐに一礼してみせる。メイはそういうことには疎いようで、きょとんとしていた。先にラストが口を開く。

「かしこまりました」

「にゃ? でもまだお茶のおかわりとか……」

「メイ、こういう時はお二人に気を使うものですわよ?」

  さりげなくラストがメイに口添えする。するとメイは合点がいったようで、ぽんっと両手を胸の前で合わせながら満面の笑顔を浮かべる。

「なるほど! アーヴェント様はアナスタシア様と一刻も早く二人きりになりたいってことですね! わかりました! どうぞ、お二人で仲良くしてくださいねっ」

 悪気がまったくないメイの言葉を受けてラストはクスっと笑うのを我慢するように口元に軽く手を当てていた。アーヴェントは泳いだ目を見られないように右手で顔を覆う。アナスタシアも耳と頬のあたりを赤めながら俯いていた。絶妙な空気が執務室に漂う。

(もう、メイったら……アーヴェント様も困っているじゃない。それにそんなにはっきり言われたら私だって……照れてしまうわ……)

「アナ様、頑張ってくださいね! メイは応援しております!」

「……ラスト、お願い……っ」

 無邪気な笑顔に耐えかねたアナスタシアがラストにメイを連れていってもらうように頼む。

「かしこまりました。行きますわよ、メイ」

「え? まだ応援したりないですよっ? ってアナ様ぁ~」

 ラストは笑みを浮かべながらメイの手を引いて執務室を後にする。摘ままれた猫のようなか細い声が廊下に響いていく。

「……ふっ」

「……ふふっ」

 どんどん遠のいていくメイの声を聞いたアーヴェントとアナスタシアは堪えきれずに噴き出してしまった。お互いに口元に手を添えながら笑い合う。

「メイは面白いな」

「とてもいい子なんですけど……ああいった所は疎いみたいで……」

「……アナスタシアよりも疎いのは少し心配だな」

 不意にアーヴェント柔らかく微笑む。アナスタシアには効果は抜群だった。

(そこで微笑むのはずるいです、アーヴェント様……っ)

 顔を赤く染めたアナスタシアが両手で顔を覆う。その仕草を見たアーヴェントは対面の椅子から立ち上がると彼女の横の席に腰かける。アナスタシアの心臓の鼓動が早くなる。そっと両手の隙間からアーヴェントの方を見ると彼の深紅の瞳と目があった。

「恥ずかしがらずに可愛い顔を見せてくれ、アナスタシア」

「……は、はい……」

 アーヴェントにそう頼まれたら断るわけにはいかないアナスタシアはぐっと耐えるように両手をそっと下げる。その仕草を見てアーヴェントが言葉を続ける。

「最近のアナスタシアの表情は以前よりもとても可憐で綺麗だ」

「そ、そうですか……? あまり意識したことはないのですけれど……」

 鼓動が早くなる胸のあたりに手を当てながらアナスタシアは口を開く。

「メイが来てくれたからだろうか?」

「多分……そうなんだと思います。ミューズ家に置いて来たメイのことを私はずっと心配していましたから……」

 少しずつ落ち着いて来たアナスタシアがアーヴェントの方に青と赤の瞳を向ける。アーヴェントも真っすぐに両の深紅の瞳でアナスタシアのことを優しく見つめていた。自然と二人が微笑む。

(私が今こうして幸せなのは全てアーヴェント様のおかげなのよね……メイのことも快く受け入れてくださったもの)

「祝賀パーティーも近づいてきている。何か欲しいものや言いたいことがあれば、構わず言ってくれ。俺に出来ることは全てしてあげたいからな」

 祝賀パーティーは二週間後に迫っていた。アーヴェントはそれまでにアナスタシアに色々としてあげたい気持ちを口にする。

「私が素敵な日々を送れているのは、アーヴェント様のおかげです。本当に感謝してもしきれません」

 お互い見つめ合いながら気持ちを伝えあう。今この時がとても尊く感じられていた。

「そうか……そうであるなら、俺も嬉しいよ」

 そっとアーヴェントが立ち上がるとアナスタシアの頬に軽く口づけする。

(……!!)

 驚いたアナスタシアが口づけされた頬にそっと手を当てる。照れてはいたが、どこか嬉しそうな表情を彼女は浮かべながら一言呟いた。

「ありがとう……ございます」

 その言葉を聞いたアーヴェントは静かに頷いて見せる。再び席につくと、二人は嬉しそうにしながらお茶の続きを楽しむのだった。