「えっ?! リチャード様は王家の縁者だったのですかっ?」

「縁者といっても遠縁さ。だから様づけも敬語もいらないよ。」

 王都に向かって馬を走らせている間にリチャードから説明を受けたメイが眼を丸くしながら驚いていた。その関係で今は王城で暮らしており、王太子や王女とも親しいこと。更にはオースティン公爵とも友人関係にあることも語られた。そして先日アナスタシアにもあったという話をされた。

「それにしてもメイがアナスタシアの侍女だったなんて、こんな偶然の巡りあわせというのはあるんだね」

 王都までもう少しという所で少し休憩をとる。その時メイがリチャードにあることを尋ねた。

「あの、リチャード……」

「どうかしたのかい、メイ」

 俯きながらメイは心配事を口にする。

「お嬢様は……お元気でしたでしょうか?」

 その質問を受けてリチャードは優しく答えてくれた。

「とても元気だったよ。それにアーヴェントとも仲良くやっているように見えた」

 その言葉を聞いたメイは顔を上げて、明るい表情を見せる。耳や尻尾が生えていたら、すごい勢いで動いていそうな程だ。その様子をリチャードは静かに見つめていた。

「それじゃ、休憩はこの辺にして王都に向かおう。そろそろ日が沈みそうだ」

「わかりました」

 リチャードに連れられたメイが王都に到着したころには、辺りは夜の暗闇に包まれ始めていた。中心街に程近い、宿場の通りに入るとその中でもひと際立派な宿の前でリチャードは馬を止めた。

 メイを優しく馬から降ろすと、馬の息遣いを聞いた宿の者が外に出てくる。リチャードに一礼した後、慣れた素振りで馬を操っていく。

「それじゃメイ、中に入ろうか」

「は、はい」

 おどおどした様子でメイがリチャードに身を隠すように宿の中に入る。壁や柱などの装飾の豪華さからもこの宿が貴族用のものというのが見てとれた。正面にある受付に立つ女性にリチャードが話しかける。

「こちらのご令嬢に部屋を用意して欲しいのだけれど、いいかな?」

 かしこまりました、と慣れた様子で会話が進んでいく。終始怯えた様子のメイに気付いたリチャードが笑顔で声を掛ける。

「大丈夫だよ、メイ。ここは人間族の要人も利用する宿の一つだから、彼らも人間族の対応には慣れている」

「そ、そうなのですか……」

 メイの警戒心も薄れたようで、ゆっくりとリチャードの後ろから姿を現す。目があった受付の女性も笑顔で迎えてくれた。メイの表情がパアッと明るくなる。

 受付を済ませたリチャードはメイに用意された部屋の場所を伝える。その時、メイがハッとする。お代を払っていなかったのだ。といっても、まだ王都に来たばかりでシェイド王国側の通貨への両替も行っていないメイに支払えるお金の持ち合わせはなかった。

「あの、リチャード。私、その……」

「お金は気にしなくていいよ、メイ。泊っている間は宿の者に何でも言ってくれ。みんな力になってくれる。今日はもう疲れているだろうから、部屋で休むといい。明日、朝食の時間に迎えにくるよ。詳しい話もその時にしよう」

 メイに気を使わせない心配りが感じられる、物腰の柔らかい態度でリチャードはこれからのことを説明してくれた。メイはこの国では頼れる者がいなかったために、その言葉と対応がどれだけ心強かったことか。疲れた様子でメイは口を開く。

「何から何までありがとう……ございます」

「キミはボクの友人の大切なお客様だからね。それに、困った女性を放っておくなんて紳士的じゃないだろ? 疲れただろうから、今日はゆっくりと休んでくれ」

 リチャードは爽やかな表情で笑いかけるとメイを宿の者に任せ、手を振りながら宿を後にした。その後、メイは夕食をとり用意された部屋へと向かう。内装もとても綺麗で、清潔感が漂っていた。

「とっても素敵なお部屋……」

 用意された部屋着に着替えたメイはふかふかのベッドに横になる。ここまで色々なことが立て続けに起こったことで身体はとても疲れていたようだ。

「明日……リチャードにちゃんと話を聞かなくちゃ……」

 そう呟いた後、深い眠りに落ちるのだった。それもあって、次の日の朝メイはすっきりとした気分で起きられた。窓から差し込む朝の陽ざしも気持ちのよいもので、雲一つない青空が広がっている。そしてクローゼットに掛けておいたドレスに着替える。昨夜頑張ったが、シワが寄った所はどうしようもなかった。

「はぁ……リチャードに恥ずかしい所を見せちゃった。色々よくしてもらったのに……」

 溜め息を漏らしながら、呟いていたメイの部屋の扉がノックされる。朝食の準備が出来たという案内だ。食堂に向かうとリチャードの姿があった。

「おはよう、メイ。ゆっくり休めたかい?」

「あ、あの、昨日は色々と、そのっ……ありがとうございますっ!」

 目を思い切り瞑りながら、メイが思い切り頭を下げる。落ち着いて考えてみると、自分は密入国をした身でありながらそれをリチャードは不問にしてくれたのだ。更に宿まで提供してくれた恩人にしっかりとしたお礼の言葉もかけていなかったことにメイは気づいたのだ。カーテシーをするのも忘れ、慌ててお礼の言葉を口にする。その様子を見て、クスッとリチャードは微笑んだ。

「そんなこと気にしないでいいよ。さあ、こっちにきて座って」

「は、はいっ」

 メイが慌てて椅子の前に歩いてくると、スッと立ちあがたリチャードが椅子を引いてくれた。昨日もそうだが、とても気遣いが出来る男性だとメイは思っていた。椅子に掛けたメイはリチャードと一緒に朝食をとる。彼はメイのために朗報を持ってきてくれていた。

「アナ様が王都に来ているんですか!?」

「ああ。王都にある別邸に数日間滞在しているそうだよ」

「お、お会いできますかっ?」

 再びリチャードはクスッと笑いながら言葉を口にする。

「ボクはそのために来たんだよ、メイ。キミは必ずアナスタシアの所に送り届けるよ」

「リチャード、本当にありがとうございますっ」

 メイは食事の手をとめ、ドレスの裾を両手で強く握りしめながらお礼を口にする。目も潤ませていた。アナスタシアに会えるのが余程、嬉しいのだと彼女の表情を見たリチャードは考えていた。

「……うん。良かったね、メイ」

 瞳を輝かせながらリチャードが呟く。朝食を済ませた二人は表に用意してあった馬車に乗り込み、オースティン家の王都での別邸へと向かう。車内ではメイがシェイド王国を目指した経緯などが話題にあげられていた。

「メイは本当に行動力があるね。まあ、無計画なのは問題があるけれど」

「そ、そんなに笑わないでくださいよぉ……」

 メイは耳の辺りを赤くさせながら照れていた。リチャードは相変わらず爽やかな笑みを浮かべながら口を開く。

「でも、それくらいアナスタシアのことが心配だったっていうのはわかるよ」

 そんな会話をしていると御者が車内に向かって声をかける。オースティン家の別邸が見えてきたとのことだ。メイが窓を開くと、耳がピクっと動く。

「アナ様のお唄が聞こえますっ」

 向き合うリチャードにメイが満面の笑顔を浮かべながら話しかける。その表情を見た彼はとても喜んでくれていた。

 馬車が屋敷の前に止まる。その後はリチャードがエスコートをして、メイは玄関の扉の影で待っていた。ずっと会いたかったアナスタシアの優しい声が聞こえてくると、喜びで胸が張り裂けそうだったと後に彼女は語っていた。

 こうしてメイはアナスタシアとの再会を果たす。

 これがリチャードからアーヴェントとアナスタシアに語られた話の全てだった。