ミューズ家の使用人として働いていたメイ・クーデリアは他の使用人達に色々な失敗事の濡れ衣を着せられた挙句、機嫌を悪くしていた当主であるレイヴンから暇を出された。意気消沈したメイだったが、クーデリア子爵家に戻ると両親は温かく迎えてくれた。前当主であるラスターの頃から健気に働いていたことを両親はよく見ていてくれたのだ

 今後の身の振り方はこれからゆっくり考えようということで、久しぶりの実家での生活を過ごしていたメイだったが彼女には心配事があったのだ。部屋の窓を眺めながら呟く。

「アナ様……」

 結局アナスタシアがシェイド王国の侯爵家に嫁いでからは何の連絡もなかった。レイヴンやクルエ、フレデリカは何通か嫌味を込めた手紙を送っていたようだが、それについての返事はなかった。

―何て恩知らずな娘なんだ。まあ、今頃は『吸血鬼』公爵に虐げられているに決まっているだろうがなっ―

―いい気味だわ。おぞましい瞳のあの娘には同じようにおぞましい赤の瞳を持った魔族がお似合いよ―

―ああ、アナスタシアったら何て可哀そうなのかしらぁ。ふふふ―

 以前、レイヴン達が話していた言葉が脳裏によぎる。メイはいてもたってもいられなくなっていたのだ。机の上に白紙の便せんを用意すると、備えてあったペンで何かを書き始める。その手紙を父親の書斎の机の上に置くと、部屋に戻り旅の支度を始めた。亜麻色のツインテールの髪が元気に揺れていた。

「これでよしっ! お父様、お母さま、ごめんなさい……でもメイはどうしてもお嬢様にお会いしたいのです」

 小さい鞄に必要なモノを詰めると使用人達の目を盗んで屋敷を後にする。その後、メイがいなくなったことでクーデリア家も一騒動あったのだがそれは別の話。彼女はその足でリュミエール王国の王都、その中心街へと向かう。手にしたメモには『サフィス商会』という走り書きがあった。

「シェイド王国への往来はレイヴン様のような外交目的か貿易目的の商会くらいしか許可が下りないのは周知の事実。私ももうミューズ家の使用人じゃないから、どのみち真正面から国境を越えてシェイド王国に行くのは無理……なら方法は一つしかないっ」

 メモを握る手に力が入る。そのメモに示された商会は以前、レイヴンの部屋を掃除していた時に散らかっていた書類の中にあったミューズ家が贔屓にしている商会のリストにあった名前だ。念のためにメモを取っていたのだった。

「これもアナ様に会うため……頑張るのよ、メイ」

 自分に言い聞かせるようにメイは人伝いに目的の商会のある場所を王都で探し始める。頑張った甲斐もあり、探し当てることに成功した。商会の前で気合を入れる。両親からもらったお気に入りのドレスにはシワが寄り始めていた。だが、彼女にとってはそんなことは些事だった。

「あとは……何とか話を聞いてもらって……荷に紛れ込ませてもらえれば……!」

 そう呟きながら商会の扉をノックしようとした時、裏手からすごい剣幕の声が聞こえてきた。気になったメイは裏手に静かに周る。そこでは商会の下っ端たちが文句を吐いていた。

「何で魔獣が多く出ている今、こんな荷物のために魔族の国なんざ行かなきゃいけないんだ!?」

「仕方ないだろ。親方からの命令なんだから……はぁ、最近人使い荒いよな。ミューズ家が傾いているって噂、本当みたいだな」

 文句を言いながら荷台に荷物を運び入れているのが見える。

「……この様子じゃ、頼み込んでも引き受けてはくれなさそう……なら……!」

 何を思ったのかメイは下っ端たちの目を盗み、荷台の一番奥に置いてあった大きめの木箱の中に身を隠す。この荷馬車が今一番シェイド王国に近いと本能的に悟ったのだ。もちろん、許可なく国境を超えるのは罪になるのだが。

 そうこうしていると、先程文句を口にしていた二人が戻ってくる。一人は御者として荷馬車を動かし、もう一人は万が一の足を確保するための馬に跨る。再び、文句を垂れながら荷馬車は商会の倉庫を出発する。荷物にそんなに感心がないのか、メイが潜り込んでいることも気づいてはいないようだ。

 早く仕事を終わらせたいのか、荷馬車はかなり荒い運転で国境へと向かう。そのおかげもあって、半日ほどで国境に辿り着いた。下っ端の商会員も驚いていたが、馬がまるで疲れを感じない魔法にでもかかったかのような走りぶりだったという。途中、魔獣にも遭遇しなかったのも運が良かったとも言っていた。

 手続きを終えて、荷馬車はシェイド王国側へと渡る。猫のように荷台の奥で身を潜めていたメイが呟いた。

「アナ様、待っていてくださいね……メイが、今お助けに参ります!」

 お気に入りのドレスはシワがかなり寄っていたが、そんなことも気にせずメイはただアナスタシアに会いたい一心で行動していた。問題はシェイド王国についてからのことについては無計画くらいなものだった。