祝賀パーティーでアナスタシアが身にまとうドレスや靴の手配を済ませた頃にはケネスとの約束の時間が近づいていた。アーヴェントとアナスタシアは王都の中心街にある宝飾店が立ち並ぶ通りに足を運ぶ。その中でもひと際立派な佇まいの店の扉を叩く。

「お待ちしておりましたアーヴェント様。それにアナスタシア様もご機嫌麗しゅうございます」

 店員にアーヴェントが用件を伝えると、店の二階からケネスが降りてきて二人に挨拶をする。お店が繁盛しているのを伺わせるように、ケネスの身なりも以前よりも華やいで見えた。

「店の方も繁盛しているようだな、ケネス」

「ありがとうございます。これも全てアーヴェント様とアナスタシア様のおかげです」

「例の噂の件、聞いたぞ」

 目を細めながら服屋で耳にしたアーヴェントとアナスタシアに関する噂の話を口にするとケネスは困ったような表情を浮かべながら口を開いた。

「申し訳ありません。まさかここまで話が広がるとは思っておりませんでした。ですが、間違ったことは言っておりませんよ。アーヴェント様から融資を受けられたのはアナスタシア様の一声があってこそですからね」

「そんな……ケネス様ったら」

 にこやかにケネスが言葉を口にする。誠実な彼からは二人への感謝の気持ちが溢れていた。そこまで言われるとアーヴェントはそれ以上ケネスを責めることは出来なかった。それから店の中を案内される。どれも立派な加工が施された良質の宝石がガラスのケースの中に収められている。値札を見たアナスタシアが軽くめまいがしそうになるほどだ。

「店の案内はこれくらいにして、二階にご案内します。お話もそこで致しましょう」

 ケネスに案内された二人は階段を上がり二階へと移動する。二階にはお得意様用の客間が用意されており、そこに通された。立派な造りの椅子に腰かけるとケネスは綺麗な装飾が施された大きさの異なる二つの箱を持ってきて二人の前に置く。

「お待たせ致しました。こちらがアーヴェント様からご依頼されたネックレスとイヤリングになります」

 二つの箱を開くと、きめ細かな装飾が施されたネックスレスとイヤリングが姿を現す。ケネスの話によると専用の宝石はこれから加工してこれらに加えるとのことだった。

(わぁ……とても素敵なネックレスにイヤリングまで……宝石はまだついていないけれど、今のままでも十分に立派な物に見える……これを私が身に着けるなんて……)

 両の瞳を輝かせながらアナスタシアは披露されたネックレスとイヤリングを見つめていた。その様子をアーヴェントは柔らかい表情で見つめていた。

「職人の高い技術が伺える逸品だな、ケネス」

「お褒めに預かり光栄です、アーヴェント様」

「使う宝石は以前に希望した通りに出来そうか?」

「はい、そちらはもう手配済みです。パーティーの前にはお届けに伺えると思います」

 そうか、と満足げな表情をアーヴェントは浮かべる。そこでアナスタシアはあることに気付く。

(…そういえば指輪のお話もあったはずだけれど……)

 そんなアナスタシアの様子にケネスが気づいたようで、話を切り出した。

「アーヴェント様、実は指輪の件で一つご相談があるのです」

「何か問題でもあったのか?」

「いえ。そうではありません。実は指輪に使う宝石なのですが、以前ご相談されたものとは違うものを使いたいと思っております」

 ほう、とアーヴェントは顎のあたりに右手を添えながら呟く。ケネスが合図をすると彼の後ろに控えていた店員がもう一つ、立派な箱を運んできた。ケネスが受け取り、箱を開けて二人の前に置く。そこにはとても美しい宝石が光り輝いていた。そして何よりもその宝石の色に驚くのだった。

(私の瞳と同じ、青と赤……二色の宝石……?)

 アナスタシアは思わず口に両手を添えてその宝石を見つめていた。

「ケネス……この宝石は?」

 アーヴェントも宝石の目利きは多少できるようで、言葉を詰まらせていた。

「こちらは先日、私どもの鉱山で採掘された物なのです。色合いがアナスタシア様の瞳と同じ青と赤となっております。ご用意させて頂く指輪にはこちらの宝石を是非使わせて頂きたいのです」

 ケネスは胸を張りながらアーヴェントに提案する。アーヴェントはもう一度、その二色の宝石を見ながら口を開く。

「いいのか……?」

「はい。もちろんです」

 アーヴェントの口元も思わず緩む。見るも素晴らしい宝石であり、何よりもアナスタシアの瞳と同じ青と赤の色。文句などあるわけがない。むしろこれ以上望むものはないほどだった。

「ありがとう、ケネス。それで値段はいくらになる?」

「そんな。大恩のあるアーヴェント様からお代など頂けません。これは私からの感謝の印としてお受け取りください」

 その言葉にアーヴェントは目を細めながら口を開く。

「ケネス、嬉しい言葉は受け取っておこう。だが、今や俺とお前は対等な商談の相手だ。お代はしっかりと払わせてもらおう。お前とはこの先もいい関係を続けていきたいからな」

「アーヴェント様……光栄ですっ」

 アーヴェントの言葉にケネスは感銘を受けたようで瞳を潤ませながら、深く礼をしてみせる。結局アナスタシアの心臓が飛び出るほどの値段をアーヴェントはその宝石につけ、支払う約束を交わしたのだった。動揺を隠しきれないアナスタシアはただ慌てた素振りを見せる。

(ど、どうしましょう……すごい値段の宝石を私のために……えっと……そう、お礼……お礼を言わなくちゃ)

そんなアナスタシアにアーヴェントが声を掛ける。

「アナスタシア、そんなに慌てなくていいんだぞ?」

「で、でも……」

 そっとアーヴェントがアナスタシアの肩に手を回しながら言葉を口にする。

「大切なお前にぴったりの宝石が見つかったんだ。これ以上に嬉しいことはないさ。俺のお前への気持ちだと思って受け取ってくれ」

「アーヴェント様……」

 次第にアナスタシアの顔が赤く染まっていく。思わず両手で顔を隠す。

「ふふ。隠さずに顔を見せてくれ。喜ぶアナスタシアの顔が見たいんだ」

(無理ですぅ……)

 何度もアナスタシアは隠した顔を左右に振る。眼福という風にその様子をケネスは優しい表情で見守っていた。

 指輪のデザイン等も宝石に合わせてこれから仕上げるということでお披露目は完成し屋敷に届けられた時となった。その後、ケネスや店員達に見送られてアーヴェントとアナスタシアはお店を後にする。手を繋いで歩く二人はとても幸せそうに見えたのだった。