「やっぱりラストが淹れてくれたお茶は美味しいですわね」

「お褒めに預かり光栄です、リズベット様」

「私もいつもそう思っています」

 アーヴェントの執務室から移動したアナスタシア達は彼女の寝室に備え付けられたテーブルに腰かけ、ラストが準備してくれたお茶とお菓子を口にしながらお茶会を始めていた。リズベットはオースティン家の自家製である薔薇の紅茶がとても好きだといいながらカップに口をつけていた。一方アナスタシアはラストがついてくれているものの、王女であるリズベットと二人でのお茶会にまだ緊張しているように見えた。

(王家の方と二人きりでのお茶会……粗相がないようにしないといけないわ)

 カップに再び口をつけながらリズベットが金色の瞳でアナスタシアの様子を伺っていたが、アナスタシアが緊張でガチガチになっているのがすぐにわかった。気を利かせて、リズベットが声を掛けてくれた。

「ふふ、アナスタシア。そんなに緊張しなくていいのよ。わたくしが見た限り、アナスタシアの所作はとても素敵で洗練されているのがわかりますもの。最初の挨拶の時のカーテシーも見事なものでしたわ」

「あ、ありがとうございます。リズベット様」

「わたくしが相手を褒めるのは、珍しいんですのよ。あっ、こう言ってしまったらまた身構えさせてしまいますわね。ごめんなさいね。わたくし、よく勝ち気だとお兄様やお父様達に注意されていますの。ついつい、言葉も多くなってしまって。困ったものだけれど、なかなかやめられなくて」

「いえ、そんな。元気があるのはとても良いことだと思います」

 アナスタシアが微笑みながら言葉を掛けると、リズベットの表情がぱあっと明るくなる。アナスタシアの言葉が嬉しかったのだろう。首を少し傾けながら微笑んで見せる。

「アナスタシアはとても優しいのね。ありがとう」

「いえ、そんなことは……」

「ふふ。謙遜はなしですわよ? わたくしとアナスタシアはもうお友達なのだから」

(ともだち……ああ、なんて懐かしい言葉なのかしら……私が友達だと言ってくれたのはリュミエール王国では第二王子のレオ様だけだった。他の皆はお父様達が亡くなった途端に距離を取って少しずつ離れていってしまったものね)

 気が付くとアナスタシアの目元にうっすらと涙が浮かんでいた。友達という言葉があまりに嬉しかったからだ。それに気づいたリズベットが声を掛ける。

「アナスタシア、何かわたくしあなたに粗相をしてしまったかしらっ?」

「いえ、そんなことはありません。ただ、リズベット様が私を友達だと言ってくれたことが嬉しかったんです。ありがとうございます」

「……色々と大変でしたのね。でも、もう心配はいりませんわ。ここには貴方を傷つける者もいないのだから」

「はい」

 リズベットもアーヴェントと同様、アナスタシアの身の上の話はある程度知っている様子だ。ここまでの会話の中でも今まで暮らしていたミューズ家については何一つ聞いてこないことからもアナスタシアのことを気にかけてくれているのが伝わって来ていた。それが何よりもアナスタシアには嬉しかったのだ。涙をハンカチで拭き取ると、アナスタシアは感謝の気持ちを込めて柔らかく微笑むのだった。

「それじゃ、わたくし達はもうお友達になったのだからお話する話題は一つですわねっ」

 リズベットは一度沈んでしまったお茶会の雰囲気を盛り上げるために満面の笑みを浮かべながらアナスタシアに話しかける。

「えっ? 一つ、ですか?」

 ええ、そうよ―と言わんばかりにリズベットは両手を胸の前で合わせながら告げる。

「恋の話に決まっていますわ!」

 リズベットは金色の瞳を輝かせながらアナスタシアにアーヴェントとのやりとりについて尋ねる。話題は完全に恋の話に移行していた。

「もうアーヴェント様とキスはしましたの?」

(えっ……もうそれを尋ねられるのね……リズベット様は私とアーヴェント様の話にとても興味をお持ちなんだわ)

 いきなりの直球な質問にアナスタシアは右手を口元に当てながら、照れも相まって俯き加減で答える。だが悪い気はしない。むしろこういうことを話せる友達が出来たことの方がアナスタシアは嬉しかった。

「あ、えっと……直接、唇には……まだ、です」

 初々しいアナスタシアの反応にリズベットは思わず悶えるほど、ときめいたようだ。それほどに初心なアナスタシアを思わず抱きしめたい衝動に駆られたが何とか耐えた。

「……危なかったですわ」

「え?」

「ああ、こちらの話ですわ。ふふ」

 同性の自分でこれなのだからアーヴェントは大丈夫なのか、というのがリズベットは気になるところだった。だが、それは後からこっそり聞こうと心に決めた瞬間でもあった。

「アナスタシアは本当に可愛らしいですわね」

「あ、ありがとうございます」

「それで……具体的にはどこに口づけされたの? わたくし、とっても気になりますわっ」

「あ……えっと……」

 その時のことを改めて思い出したアナスタシアは顔を微かに赤らめながらぐいぐい尋ねてくるリズベットにこれまでのことを説明する。手の甲、額と最近されたことを隠すことなくリズベットに話す。その時のアナスタシアは照れてはいたものの、本当に幸せそうに見えた。もちろんラストもそれを聞いてひっそりと微笑んでいた。

「ああ、良いですわね。アナスタシアの初心さも相まってとっても聞いていて楽しいですわ」

 リズベットは茶化すわけではなく、至って真面目に感激している様子だ。アナスタシアも裏表なく話を聞いてくれるリズベットの距離感がとても心地よく感じていた。

「アーヴェント様はとても真面目な方だから、ちょっと心配していましたけれどアナスタシアのことを見ていたら些事でしたわね」

 こんなに可愛らしいアナスタシアを前にして、溺愛をしないほうがおかしいというのがリズベットの判断だった。誰でもその判断に至るほどにアナスタシアは初々しく、そして淑女という言葉が似あう女性だったからだ。

「え、えっと……?」

「アナスタシアはアーヴェント様のことはどう思っていますの?」

 にこにこしながらリズベットが尋ねる。身体が小さく左右に揺れて、アナスタシアが答えるのを今か今かと待ちわびていた。

「アーヴェント様はとても誠実な方で、まっすぐ私のことを見てくれます。お仕事にも熱心で色々なことをお考えになる所はとても尊敬出来ます」

 うんうん、それから?―という仕草をリズベットがする。アナスタシアもアーヴェントのことを考えると言葉が自然と口から溢れて来ていた。

「いつも私のことを気にかけて頂いていて……本当に素敵な方だと思います」

(あれ……? 私……自分が思っている以上にアーヴェント様のことを……)

 アナスタシアの顔の赤らみが更に増していく。思わず顔に両手を添えてしまうほどに、だ。その様子をリズベットは内心激しいときめきを感じながらも耐えつつ見つめていた。

「衝撃がすごいですわね……」

「リズベット様、何か仰いましたか?」

「いえ、独り言ですわ」

 にこやかにリズベットが答える。それからも色々な話題を話ながらお茶会は進んでいく。それからしばらくすると、ゾルンがアナスタシアとリズベットの元にやってきた。つい夢中になって話をしていたがそろそろライナー達が帰る時間になっていたのだ。

「あらあら、もうそんな時間でしたの? もっとアナスタシアと話していたかったのに」

「私ももっとリズベット様とお話していたかったです」

「ふふ、ありがとう。またお話しましょうね」

「はい」

 二人は満面の笑顔を見せあう。リズベットはアナスタシアの手を引いてライナーとアーヴェントが待つ玄関ホールに降りていく。その打ち解けた様子で歩いてくる二人の姿をみたアーヴェント達が呟く。

「リズベットがあんなに楽しい表情をしているなんてな。余程、アナスタシアのことが気にいったんだろうな」

「アナスタシアも友達が出来たのが嬉しいんだろう。そんな顔が見られて俺も嬉しいよ」

 柔らかく笑うアーヴェントの表情を見たライナーも満足げな表情を浮かべていた。親友として嬉しいのだろう。

「それはやって来た甲斐があったよ」

 それからすぐにアナスタシア達が近づいて来た。

「お兄様、お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」

「アーヴェント様」

「楽しかったかい?」

「はい。とっても」

「そうか。それは良かった」

 アナスタシアにアーヴェントが尋ねる。満面の笑みで言葉が返ってきた。そして二人は微笑み合うのだった。

「見せつけてくれるな」

「眼福ですわ」

 そんな二人を見て、ライナーとリズベットも満足げだった。それからライナーとリズベットは待っていた馬車に乗り込む。ゾルンとラスト達も付き添い、アナスタシアとアーヴェントは二人を見送った。

 ライナーとリズベットの訪問から数日後、アーヴェントの元に王城への招待状が届くことになるのだった。