玄関ホールから移動したアナスタシア達はアーヴェントの執務室でお茶会を始めていた。準備はゾルン、そしてラスト達が手際よく行ってくれた。
扉から遠い側の椅子二つにライナーとリズベットが掛け、テーブルを挟んだ対面の椅子にアーヴェントとアナスタシアが掛ける。テーブルの上には料理長ナイトのお手製のお菓子が並び、ラストが淹れたお茶のカップが人数分置かれていた。会話は玄関ホールでのやりとりから始まり、今はアナスタシアが疑問に思っていたことの答えをライナーが説明している所だ。
「先祖返り……ですか？」
オースティン家自慢の薔薇の紅茶が淹れられたカップに口をつけ、ソーサーに置いた所でアナスタシアが聞きなれない言葉に反応し、ライナーは言葉を続ける。
「ああ、そうなんだ。魔族というのは、家系を辿っていくと祖先が魔物である場合がある。オレ達、シェイド王家は家系のルーツが竜とされている。先祖返りとは祖である魔物の血が濃く遺伝し、高くなった魔力を抑える為に祖とされる魔物の特徴が身体に現れることの俗称なんだ。まあ、普通の魔族達では先祖返りは珍しい現象だから滅多にはないのだが」
わかりやすくライナーが説明している中、自信満々な態度でリズベットが口を挟む。
「ですからシェイド王家の家系の者達はみんな頭に角が生えているんですのよ。わたくしはとても気にいっていますわ。お兄様より大きい点が特に」
「ははは。どうも遺伝する血は女系の方が強くでるという研究成果が出ているんだ。その他にも肌の一部が鱗のようになっている者もいる」
リズベットの言葉を引用しながらライナーが微笑む。この時点で二人がとても仲のいい兄妹というのがアナスタシアには伝わっていた。
「教えて頂いてありがとうございます、ライナー様。リズベット様も」
アナスタシアからお礼の言葉を掛けられたライナーとリズベット達は笑って頷く。
（先祖返りは昔読んだ魔族の国の本の中にも書いていなかった……多分人間族の書物には記されていないことなのね）
「それにしても王命とはいえ、アーヴェントが婚約者を貰うとはな」
「そうですわね。しかもお相手がこんなに素敵なご令嬢なんですものね。手紙で聞いていたよりも遥かにアナスタシアはお美しいですわ」
「それはオレも同じ意見だ、リズ」
「お、お褒めに預かり光栄です……」
照れ隠しをするためにアナスタシアは俯き加減でお礼の言葉を口にする。今まで黙って三人の話を聞いていたアーヴェントも口を開く。
「アナスタシアは俺の自慢の婚約者だからな」
隣のアナスタシアを優しく柔らかい笑顔で見つめる。相変わらず、深紅の両の瞳は思わず吸い込まれそうになる。更にアナスタシアの顔が下を向く。
「あらあら、見せつけられてしまいましたわね。いつも仕事熱心で真面目なアーヴェント様が純朴な少年のような笑顔を浮かべる所を見られるなんて眼福ですわ」
リズベットの言葉にアーヴェントは自信満々な表情を浮かべながらこたえる。
「それだけアナスタシアは魅力的な女性ということだ」
「そ、そんな。アーヴェント様、お二人の前で私のことを褒めすぎですっ」
「本当のことなんだからいいだろ？」
「もう……っ」
顔と耳を赤く染めたアナスタシアがアーヴェントの方を見上げながら頬を膨らませてみせる。そんなアナスタシアも可愛い、とアーヴェントが付け加える。
「ふふ。見せつけてくれるな。オレもお前のそんな顔が見れて嬉しいよ」
執務室に皆の笑い声が響き渡る。その雰囲気がアナスタシアには心地いいものだった。
（こんなに大勢で楽しい時間を過ごせるなんて……本当に久しぶり）
穏やかな表情を浮かべていたアナスタシアのことを他の三人は優しく見つめていた。それからアナスタシアはアーヴェントとライナーの子供の時の話などを聞くことが出来た。シェイド王家とオースティン家は古くからの付き合いなのだという。先代のオースティン公爵、つまりアーヴェントの父親とシェイド王も懇意にしており、次代のアーヴェントとライナーもとても仲がよく良好な関係を築いていた。
（アーヴェント様の幼少時代のお話を聞けて、とても嬉しい。なかなか、二人きりでは踏み込んだことは聞けていなかったからライナー様達が来てくれて良かった）
アナスタシアはライナーの口から語られるアーヴェントの話に夢中だった。両の瞳をキラキラと輝かせ、柔らかい表情でライナー達の話に耳を傾けていた。その様子をアーヴェントは笑顔で見つめる。ライナーやリズベットもアナスタシアの純朴さに好意を持つ。
「アナスタシアもアーヴェント様と同じで純朴ですわね」
「ああ、そうだな。お似合いだ」
アーヴェントと楽しそうに話しているアナスタシアを見ながら、兄妹は小さな声で呟く。話に夢中になっているアナスタシアには聞こえていないようだ。アーヴェントの耳には二人の会話が届いたようで照れ臭そうな表情を浮かべていた。それもライナー達にすれば眼福だった。
アナスタシアも会った当初よりも緊張がとけたようだ。そんな時、ライナーが頃合いを見てアナスタシアに声を掛ける。
「アナスタシア、ちょっといいかな」
「はい。なんでしょうか、ライナー様」
「今からある話をしたいと思っているんだ。だが、それを聞いてアナスタシアが気分を害してしまうようなら止めようと思う」
（ある話……何のことかしら……）
「アナスタシアの両親のことだ」
（……！）
「私の両親の話……ですか？」
アナスタシアが目を見開く。驚いているのがよくわかる。
「ああ、そうだ」
アナスタシアはハッとする。両親であるラスターとルフレは外交官としてシェイド王国に仕事で向かうことが多々あった。それならばシェイド王とも謁見することもあっただろう。更に言えば、王太子と王女であるライナーとリズベットとも面識があっても不思議ではない。
（聞きたい……お父様とお母さまのお話……）
「聞きたいです……お願い出来ますでしょうか？」
「ああ、もちろんだ」
ライナーはアナスタシアの両親と会話をした時のことを話してくれた。
「ラスターとルフレは外交官としてとても良く働いてくれていたよ。シェイド王国のことを親身に考えてくれていた。小さかったオレ達にもとても敬意を持って接してくれていたよ」
「ルフレもわたくしにリュミエール王国のことをよく話してくれましたわ」
（お父様達はシェイド王国の人達にも信頼されていたのね……当時のお父様達のことが聞けるなんて……思いもしなかった……）
話を聞いているアナスタシアの両の瞳に涙が溜まっていく。それに気づいたアーヴェントが取り出したハンカチでそっとその涙を拭いてくれた。
「大丈夫か？」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
アーヴェントの優しさに触れたアナスタシアは幸せそうな表情を浮かべていた。ライナーとリズベットは一度目を合わせると安心したように微笑み合う。そしてリズベットがアナスタシアに声を掛けてきた。
「それでは、お兄様達も懐かしいお話に花を咲かせたい頃だと思いますのでわたくし達も女の子同士二人でお話しましょうか。わたくし、アナスタシアの寝室を見てみたいですわ」
「あ、えっと……」
（王女様と二人きりでお話する機会を頂けるなんて……）
アナスタシアが胸に手を当てながらアーヴェントの方を見つめる。アーヴェントは優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。
「行ってくるといい。リズベットとも仲良くしてほしいからな」
「オレも兄として宜しく頼むよ」
「！ はい、行って参ります」
アナスタシアの表情がぱあっと明るくなる。ラストが気を利かせてくれた。
「それではアナスタシア様とリズベット様には私がお付きいたしますね」
「ああ、宜しく頼む。何かあれば呼びにきてくれ」
「かしこまりました。アーヴェント様もライナー様とご歓談を楽しんでくださいね」
ラストの言葉にアーヴェントとライナーが頷く。一礼してアナスタシアとリズベットが席を立ち、ラストに案内されて執務室を後にする。扉が閉まるまで見送ったライナーがアーヴェントの方に向き直して口を開いた。
「本当に素敵な女性だな、アナスタシアは」
「ああ、とても心優しい女性だよ」
ライナーの言葉を聞いたアーヴェントは柔らかい表情で笑ってみせる。旧知の仲だからこそ、アーヴェントのその表情の大切さがライナーには理解出来た。ライナーも同じように笑みを浮かべる。それからしばらくしてライナーの表情が真剣なものに変わった。
「運命……という奴なんだろうな」
「……ああ、俺はそう思っているよ」
両の瞳を閉じながらアーヴェントが呟く。ゾルンは二人の様子を見守りながら、黙って話を聞いていた。
「……あの件は引き続き調べさせている」
「助かるよ、ライナー」
「お前の役に立てるなら嬉しいよ。それで……お前はあの話をアナスタシアにしたのか？」
アーヴェントは黙って首を左右に振る。
「今は彼女には一つでも多くの幸せを手にして欲しいと思っているんだ」
「そうか」
「いずれ必ず、話すよ」
「そうか。ならオレがとやかく言う必要はないな」
それから二人は黙って見つめ合う。張りつめていた空気がゆっくりと緩んでいく感じがした。
「それで、キスはもうしたのか？」
笑みを浮かべながらライナーがアーヴェントに切り出す。
「な、なんだよ。藪から棒に」
アーヴェントは目を細めながら視線を逸らす。それを見たライナーは笑いながら言葉を掛ける。
「お前がその仕草をするってことは唇にはまだって感じか。悩める男はつらいな」
旧知の仲であるライナーにはアーヴェントの仕草で彼が何を考えているのか手にとるようにわかるようだった。ゾルンも一度咳払いをしてみせる。更にアーヴェントは目を細めていた。
「茶化すなよ」
「ははは、悪い悪い」
扉から遠い側の椅子二つにライナーとリズベットが掛け、テーブルを挟んだ対面の椅子にアーヴェントとアナスタシアが掛ける。テーブルの上には料理長ナイトのお手製のお菓子が並び、ラストが淹れたお茶のカップが人数分置かれていた。会話は玄関ホールでのやりとりから始まり、今はアナスタシアが疑問に思っていたことの答えをライナーが説明している所だ。
「先祖返り……ですか？」
オースティン家自慢の薔薇の紅茶が淹れられたカップに口をつけ、ソーサーに置いた所でアナスタシアが聞きなれない言葉に反応し、ライナーは言葉を続ける。
「ああ、そうなんだ。魔族というのは、家系を辿っていくと祖先が魔物である場合がある。オレ達、シェイド王家は家系のルーツが竜とされている。先祖返りとは祖である魔物の血が濃く遺伝し、高くなった魔力を抑える為に祖とされる魔物の特徴が身体に現れることの俗称なんだ。まあ、普通の魔族達では先祖返りは珍しい現象だから滅多にはないのだが」
わかりやすくライナーが説明している中、自信満々な態度でリズベットが口を挟む。
「ですからシェイド王家の家系の者達はみんな頭に角が生えているんですのよ。わたくしはとても気にいっていますわ。お兄様より大きい点が特に」
「ははは。どうも遺伝する血は女系の方が強くでるという研究成果が出ているんだ。その他にも肌の一部が鱗のようになっている者もいる」
リズベットの言葉を引用しながらライナーが微笑む。この時点で二人がとても仲のいい兄妹というのがアナスタシアには伝わっていた。
「教えて頂いてありがとうございます、ライナー様。リズベット様も」
アナスタシアからお礼の言葉を掛けられたライナーとリズベット達は笑って頷く。
（先祖返りは昔読んだ魔族の国の本の中にも書いていなかった……多分人間族の書物には記されていないことなのね）
「それにしても王命とはいえ、アーヴェントが婚約者を貰うとはな」
「そうですわね。しかもお相手がこんなに素敵なご令嬢なんですものね。手紙で聞いていたよりも遥かにアナスタシアはお美しいですわ」
「それはオレも同じ意見だ、リズ」
「お、お褒めに預かり光栄です……」
照れ隠しをするためにアナスタシアは俯き加減でお礼の言葉を口にする。今まで黙って三人の話を聞いていたアーヴェントも口を開く。
「アナスタシアは俺の自慢の婚約者だからな」
隣のアナスタシアを優しく柔らかい笑顔で見つめる。相変わらず、深紅の両の瞳は思わず吸い込まれそうになる。更にアナスタシアの顔が下を向く。
「あらあら、見せつけられてしまいましたわね。いつも仕事熱心で真面目なアーヴェント様が純朴な少年のような笑顔を浮かべる所を見られるなんて眼福ですわ」
リズベットの言葉にアーヴェントは自信満々な表情を浮かべながらこたえる。
「それだけアナスタシアは魅力的な女性ということだ」
「そ、そんな。アーヴェント様、お二人の前で私のことを褒めすぎですっ」
「本当のことなんだからいいだろ？」
「もう……っ」
顔と耳を赤く染めたアナスタシアがアーヴェントの方を見上げながら頬を膨らませてみせる。そんなアナスタシアも可愛い、とアーヴェントが付け加える。
「ふふ。見せつけてくれるな。オレもお前のそんな顔が見れて嬉しいよ」
執務室に皆の笑い声が響き渡る。その雰囲気がアナスタシアには心地いいものだった。
（こんなに大勢で楽しい時間を過ごせるなんて……本当に久しぶり）
穏やかな表情を浮かべていたアナスタシアのことを他の三人は優しく見つめていた。それからアナスタシアはアーヴェントとライナーの子供の時の話などを聞くことが出来た。シェイド王家とオースティン家は古くからの付き合いなのだという。先代のオースティン公爵、つまりアーヴェントの父親とシェイド王も懇意にしており、次代のアーヴェントとライナーもとても仲がよく良好な関係を築いていた。
（アーヴェント様の幼少時代のお話を聞けて、とても嬉しい。なかなか、二人きりでは踏み込んだことは聞けていなかったからライナー様達が来てくれて良かった）
アナスタシアはライナーの口から語られるアーヴェントの話に夢中だった。両の瞳をキラキラと輝かせ、柔らかい表情でライナー達の話に耳を傾けていた。その様子をアーヴェントは笑顔で見つめる。ライナーやリズベットもアナスタシアの純朴さに好意を持つ。
「アナスタシアもアーヴェント様と同じで純朴ですわね」
「ああ、そうだな。お似合いだ」
アーヴェントと楽しそうに話しているアナスタシアを見ながら、兄妹は小さな声で呟く。話に夢中になっているアナスタシアには聞こえていないようだ。アーヴェントの耳には二人の会話が届いたようで照れ臭そうな表情を浮かべていた。それもライナー達にすれば眼福だった。
アナスタシアも会った当初よりも緊張がとけたようだ。そんな時、ライナーが頃合いを見てアナスタシアに声を掛ける。
「アナスタシア、ちょっといいかな」
「はい。なんでしょうか、ライナー様」
「今からある話をしたいと思っているんだ。だが、それを聞いてアナスタシアが気分を害してしまうようなら止めようと思う」
（ある話……何のことかしら……）
「アナスタシアの両親のことだ」
（……！）
「私の両親の話……ですか？」
アナスタシアが目を見開く。驚いているのがよくわかる。
「ああ、そうだ」
アナスタシアはハッとする。両親であるラスターとルフレは外交官としてシェイド王国に仕事で向かうことが多々あった。それならばシェイド王とも謁見することもあっただろう。更に言えば、王太子と王女であるライナーとリズベットとも面識があっても不思議ではない。
（聞きたい……お父様とお母さまのお話……）
「聞きたいです……お願い出来ますでしょうか？」
「ああ、もちろんだ」
ライナーはアナスタシアの両親と会話をした時のことを話してくれた。
「ラスターとルフレは外交官としてとても良く働いてくれていたよ。シェイド王国のことを親身に考えてくれていた。小さかったオレ達にもとても敬意を持って接してくれていたよ」
「ルフレもわたくしにリュミエール王国のことをよく話してくれましたわ」
（お父様達はシェイド王国の人達にも信頼されていたのね……当時のお父様達のことが聞けるなんて……思いもしなかった……）
話を聞いているアナスタシアの両の瞳に涙が溜まっていく。それに気づいたアーヴェントが取り出したハンカチでそっとその涙を拭いてくれた。
「大丈夫か？」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
アーヴェントの優しさに触れたアナスタシアは幸せそうな表情を浮かべていた。ライナーとリズベットは一度目を合わせると安心したように微笑み合う。そしてリズベットがアナスタシアに声を掛けてきた。
「それでは、お兄様達も懐かしいお話に花を咲かせたい頃だと思いますのでわたくし達も女の子同士二人でお話しましょうか。わたくし、アナスタシアの寝室を見てみたいですわ」
「あ、えっと……」
（王女様と二人きりでお話する機会を頂けるなんて……）
アナスタシアが胸に手を当てながらアーヴェントの方を見つめる。アーヴェントは優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。
「行ってくるといい。リズベットとも仲良くしてほしいからな」
「オレも兄として宜しく頼むよ」
「！ はい、行って参ります」
アナスタシアの表情がぱあっと明るくなる。ラストが気を利かせてくれた。
「それではアナスタシア様とリズベット様には私がお付きいたしますね」
「ああ、宜しく頼む。何かあれば呼びにきてくれ」
「かしこまりました。アーヴェント様もライナー様とご歓談を楽しんでくださいね」
ラストの言葉にアーヴェントとライナーが頷く。一礼してアナスタシアとリズベットが席を立ち、ラストに案内されて執務室を後にする。扉が閉まるまで見送ったライナーがアーヴェントの方に向き直して口を開いた。
「本当に素敵な女性だな、アナスタシアは」
「ああ、とても心優しい女性だよ」
ライナーの言葉を聞いたアーヴェントは柔らかい表情で笑ってみせる。旧知の仲だからこそ、アーヴェントのその表情の大切さがライナーには理解出来た。ライナーも同じように笑みを浮かべる。それからしばらくしてライナーの表情が真剣なものに変わった。
「運命……という奴なんだろうな」
「……ああ、俺はそう思っているよ」
両の瞳を閉じながらアーヴェントが呟く。ゾルンは二人の様子を見守りながら、黙って話を聞いていた。
「……あの件は引き続き調べさせている」
「助かるよ、ライナー」
「お前の役に立てるなら嬉しいよ。それで……お前はあの話をアナスタシアにしたのか？」
アーヴェントは黙って首を左右に振る。
「今は彼女には一つでも多くの幸せを手にして欲しいと思っているんだ」
「そうか」
「いずれ必ず、話すよ」
「そうか。ならオレがとやかく言う必要はないな」
それから二人は黙って見つめ合う。張りつめていた空気がゆっくりと緩んでいく感じがした。
「それで、キスはもうしたのか？」
笑みを浮かべながらライナーがアーヴェントに切り出す。
「な、なんだよ。藪から棒に」
アーヴェントは目を細めながら視線を逸らす。それを見たライナーは笑いながら言葉を掛ける。
「お前がその仕草をするってことは唇にはまだって感じか。悩める男はつらいな」
旧知の仲であるライナーにはアーヴェントの仕草で彼が何を考えているのか手にとるようにわかるようだった。ゾルンも一度咳払いをしてみせる。更にアーヴェントは目を細めていた。
「茶化すなよ」
「ははは、悪い悪い」
