屋敷での一騒動が落ち着いたある日の夕食の席でアーヴェントからアナスタシアにある話がされた。それは今度、アーヴェントの友人達が屋敷を訪れるという内容だった。

「俺の昔からの友人とその妹がアナスタシアを一目見たいと手紙を寄越したんだ」

(アーヴェント様のご友人……どんな方達なのかしら……)

「そうだったのですね。私もアーヴェント様のご友人なら会ってみたいです」

「そうか。ならすぐに返事を書くよ」

 この何気ない会話が後のアナスタシアに嬉しい衝撃を与えることになるとは、この時点ではわかるはずもなく数日が過ぎ約束の日を迎えた。

 その日、早々と朝食を済ませたアナスタシアはアーヴェントと何気ない会話をしながら来客の到着を待っていた。

(いよいよ、アーヴェント様のご友人と顔合わせなのね……何だか緊張してきてしまったわ)

 緊張の色が顔に出ていたのを悟られたようで、アーヴェントが緊張をほぐす為の話題を振ってくれた。

「今日のドレスも綺麗だな」

「ありがとうございます。ラストが今日はこのドレスが良いと薦めてくれたんです」

「そうか。とても似合っているよ」

(改めて褒められるとやはり照れてしまう……)

 顔を赤めながらアナスタシアは静かに頷いた。そんな彼女には一つ疑問に思うことがあった。それはたった今褒められたドレスについてだ。

(そういえば……ラストは今日のドレスを選んでくれている時、とても楽しそうだったのよね。いつも明るいのは変わらないけれど、今日は一段と張り切っていたような……)

 ふと離れてこちらの様子を見ていたラストとアナスタシアは目が合った。彼女はとびきり明るい笑顔を見せる。まるでお似合いですよ、と言ってくれているようだった。それくらい今日のドレス選びをラストは入念に行ってくれたのだ。

(思えばこのお屋敷に来てからはドレスを毎日選んでもらっているけれど、今まではそうではなかったのよね……)

 アナスタシアはついこの間まではミューズ家で五年もの間、とてもつらい衣食住の環境で暮らしてきていた。ドレスは母であるルフレからもらった一着だけ。それ以外のかつて持っていたドレスは全てフレデリカのものになっていたからだ。そんな生活から一転した今の生活は幸せという以外に言葉が見つからなかった。

(慣れるのはいいことだけれど、それが当たり前だと思ってはいけないわね。アーヴェント様達には感謝の心を忘れないようにしないと)

 そんな時、扉が開きゾルンが食堂に入って来た。アーヴェントとアナスタシアの前に立つと用件を告げる。

「アーヴェント様、ライナー様の馬車がご到着されました」

「わかった。先に行って対応を頼む」

「かしこまりました」

 一礼した後、ゾルンは食堂を後にする。アーヴェントは椅子から立ち上がると、アナスタシアの前まで来て、右手を差し出す。

「では、俺達も行こうか」

「はい」

 アナスタシアも立ち上がり、アーヴェントの手を握ると優しく握り返してくれた。それがとても心地よかった。ラストも嬉しそうに二人の後を着いていく。食堂を後にし玄関ホールへと行くとちょうど客人がゾルンに連れられて開かれた玄関から屋敷へと足を踏み入れる所だった。

「やあ、アーヴェント。久しぶりだなっ」

ゾルンの後ろを歩いていた魔族の男性がこちらに気付いたようで、手を上げながら声を掛けてきた。黒みを帯びた赤色の髪、そして金色の瞳が目を惹く。身長はアーヴェントよりもやや低く、綺麗な装飾が施された上下の衣服はとても似合っている。恐らくだが、使われている生地もとても質の良い物なのが見てとれた。

(角……?)

そして何よりもアナスタシアの目を惹いたのは男性の頭の左右に角のようなものが生えている点だった。魔族の身体的特徴は尖った耳と瞳の瞳孔が細いこと、これだけは知っていたアナスタシアだったが角が生えている魔族を見るのはこれが初めてだった。

「ライナー。よく来てくれたな」

「そりゃ、大事な親友が婚約したって聞いたら来ないわけにはいかないだろ」

「はは、そうだな」

 アーヴェントが柔らかい表情を浮かべて笑う。

(アーヴェント様のとても良い笑顔……本当に仲が良いご友人なのね)

 アナスタシアはアーヴェントの横に立ち、言葉を交わす二人のことを見守っていた。するとライナーと呼ばれる男性がアナスタシアの方に歩いてくる。

「やあ、キミがアーヴェントの婚約者のアナスタシアだね」

「お初にお目にかかります、ライナー様。アナスタシア・ミューズと申します」

 とても綺麗ななカーテシーをアナスタシアが披露するとライナーの背後から大きな声があがる。

「もう、お兄様ったら! アーヴェント様と久しぶりに会えて嬉しいのはわかりますけれど、ご自分は名乗らずにお相手に先に名乗らせるなんて失礼じゃありませんか!」

 外側にはねたストロベリー色の長い髪をなびかせながらずいずいとライナーのすぐ隣に女性が立つ。目の色もライナーと同じ金色で、話に聞いていたライナーの妹だというのがすぐにわかった。そしてその女性の頭にも二本の角が生えていた。ライナーのものよりも一回り大きいように見える。

「ああ、リズの言う通りだな。大変失礼した、アナスタシア」

「もう……っ」

 リズと呼ばれる女性が溜め息を漏らす。ライナーは身なりを整えるとアナスタシアの方をしっかりと向き直して自己紹介をする。

「オレの名はライナー。ライナー・シェイドだ」

 続いて隣に立つリズと呼ばれていた女性も綺麗なカーテシーと共に自己紹介をする。

「妹のリズベット・シェイドですわ」

(……え? 今、()()()()って……それって……もしかして……)

 名乗られたアナスタシアがオッドアイの瞳を丸くして数回瞬きをする。今自分がいるのは魔族の国シェイド王国だ。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そこから導き出される答えはたった一つだ。

「アーヴェント様、もしかしてこちらの方々は……」

「ああ、ライナーとリズベットはこの国の王太子と王女なんだ……」

 苦笑いを浮かべながらアーヴェントが頭の後ろを掻く素振りをする。ライナーとリズベットは驚くアナスタシアの表情を見て楽しそうに微笑んでいた。

(シェイド王国の王太子様と王女様……っ)

「し、失礼いたしました。ライナー王太子様、リズベット王女様。知らぬこととはいえ、非礼をお詫びいたします……っ」

 アナスタシアは今出来る一番深い礼をして、言葉を掛ける。だが、相手は変わらずの笑みを浮かべながら言葉を口にした。

「頭を上げてくれ、アナスタシア。何も非礼などされていないさ」

「で、でも……」

 アナスタシアは頭をゆっくりと上げる。そして申し訳なさそうな表情を浮かべながらライナー達の様子を伺っていた。

「元々、オレ達がアーヴェントに送った手紙で素性は伏せておいて欲しいとお願いしていたんだ。余計に緊張させてはいけないと思ってな」

「本当にお兄様ったらお遊びが過ぎますわよ。かえってアナスタシアが驚いてかしこまってしまったじゃありませんか」

 ライナーもアーヴェントと同様バツの悪い表情を浮かべながら頭の後ろを数回掻く仕草をみせる。

「俺も少しやりすぎだと思うぞ、ライナー……」

 アーヴェントはかしこまったアナスタシアが可哀そうに感じ、逆にライナーに憤っているようにも見えた。アナスタシアはその様子をただ見守るしかなかった。

(ああ、私ったら……どうしたらいいのかしら……っ)

「悪かったよ、そんなつもりはなかったんだ。余計に緊張させてしまったな。すまなかった、アナスタシア」

 アーヴェントとリズの二人に責められたライナーは悪びれた様子で頭を下げた。

「い、いえ、そんなことありません。頭を上げてください、ライナー様」

「ありがとう。ならこれでお相子だな」

「は、はい。わかりました」

 明るい笑顔でライナーが告げる。リズベットも納得したように頷いていた。三人の様子を見守っていたアーヴェントも安心した表情を浮かべていた。そこに頃合いを見計らったゾルンが声を掛ける。

「挨拶も済んだようですので、続きはお部屋でご歓談をお楽しみください。只今、お茶の準備を致します」

「ああ、それは楽しみだ」

「わたくし、オースティン家のお茶とお菓子が楽しみでしたのっ」

 先をアーヴェントと緊張した様子のアナスタシアが歩いていく。その後をライナーとリズベットがついていく。賑やかなお茶会が始まろうとしていた。