「先日、両国間の関係を良くするための先駆けとして我がミューズ家の娘をシェイド王国の公爵家に嫁がせよという王命を仰せつかったのだ」

 手に持った手紙をちらつかせながら叔父レイヴンが口を開く。王命ということだが、どこか面倒くさそうな表情を浮かべていた。

「元々はフレデリカに来たお話だったのだけれど、あの子はハンス殿下と婚約するから無理でしょ? それにフレデリカを野蛮な魔族の国になんて嫁がせられないわよ」

 近年まで戦争をしていたこともあり、魔族を嫌う者も少なくない。クルエもその一人だ。

「あの……王様はこのことをご存じなのですか?」

「王命ではミューズ家の娘を嫁がせよ、とだけあるのだ。それがフレデリカでなく、お前であったということにすれば問題ない。王には私から伝えておく!」

 叔父レイヴンはアナスタシアの父ラスターの実弟であり、ラスター亡き後は外交官の役職の位置についた。王国の議会でも力があり、顔も広い。それを自負しているからこその発言だった。それに今回の話といい、アナスタシアとの婚約を破棄しフレデリカとの婚約を宣言したハンスの行動もタイミングが良すぎるようにアナスタシアは感じた。

(もしかして今回のことは全て、叔父様やフレデリカ達の計画だった……?)

 だが、そんなことを考えてもアナスタシアには何も出来ることはない。それに王命であり、両国間の平和のための縁談とあれば軽々しく破談には出来ない。もしそうなればミューズ家の名前そのものに傷がつく。叔父夫婦やフレデリカの為ではない。このミューズ家を愛し誇りに思っていた両親のことを考えれば、この縁談の話は受けざるを得なかった。

「わかりました。そのお話、謹んでお受け致します……」

「ふん。最初からそう言えばいいんだ」

「それで……お相手の方はどんな方なのでしょうか? もし釣書などありましたら頂きたいのですが」

 王命での縁談だ。相手のことを知っておくのも自分の役目だと考えたアナスタシアが叔父夫婦に尋ねる。するとレイヴンは暖炉の方を見つめながら低い声で唸る。

「……?」

「あのおぞましい釣書ならもう燃やしてしまったわよっ」

 忌々しい物を見たと言わんばかりの顔つきでクルエは暖炉の燃えカスを睨みつけていた。何がそんなにおぞましかったのだろう、とアナスタシアはクルエを刺激しないように尋ねてみることにした。下手に刺激すれば過去に受けたように手が飛んできかねないからだ。

「えっと……」

「何? どうして、と言いたいの?」

「いえ、そうではありません……」

「いいわ、教えてあげる。あなたの嫁ぐ相手がどんな相手なのかをね! 魔族というだけでも汚らわしいのに、それに加えて紅い両の目を持っているのよっ」

 クルエは釣書に添えられていた肖像画に描かれていただろう、相手の容姿を口にした。魔族という種族は人間族と違い、瞳の瞳孔が細長く耳も尖っているというのが常識だ。それに加えて相手はアナスタシアと同じように魔族の中でも特殊な瞳を持っているのだと知る。刹那、自分と同じ境遇を重ね合わせてはっとした。

「ふん、あなたの両目と同じで皆に気味悪がられているに決まっているわ! それに同じ魔族の中でも『吸血鬼』と恐れられているそうよっ」

(吸血鬼って……確か精霊や竜と同じようにおとぎ話の中に出てくる血を吸う魔物だったはず)

 そこまでクルエが口にすると、聞いていたレイヴンが一度咳払いをする。まだ話すことがある、という意図がクルエにも伝わったようだ。

「そういうことだ、アナスタシア。今の話を聞いたからと言ってお前に拒否権はない。既に先方には承諾の旨を送ってあり、明日迎えの馬車を寄越すということだ。わざわざお前ごときに手間をかけるとは物好きもいたものだ。まあ、我が家の厄介者を引き取ってくれて、更に支度金もたんまり貰えるというのであれば感謝せねばな」

(ここで私が嫌と言ったとしても何も変わらなかったということね……)

 状況を理解し、俯くアナスタシアにクルエが声を掛ける。

「いつまでその汚い恰好で屋敷に上がっているつもり? 早くあのボロ小屋に戻りなさい。明日にはあなたの顔を見なくていいと思うとせいせいするわ」

 ふふ、と笑みを浮かべるクルエ。レイヴンも顎に手を当てながら賛同する仕草と溜め息をしていた。アナスタシアは一礼すると、屋敷を後にし小屋へと戻る。

「明日には迎えがくるのね。冷たい水でだけれど、ちゃんと髪や身体を洗っておかなくちゃ……」

 アナスタシアは出来るだけ、迎えにくる方々に恥ずかしくないように準備を始めた。