夕方になり、フェオルはラストから連絡を受けたゾルンに連れていかれた。玄関ホールでそれを見送ったアナスタシアにアーヴェントが声を掛ける。

「今日は一日、どうだった?」

「はい。とっても楽しかったです」

 アナスタシアは首を少し傾けながらアーヴェントに笑いかける。彼女の笑顔は口にした言葉に嘘偽りがないことが伝わってくるようだった。両の深紅の瞳に映るアナスタシアは以前よりも魅力的に見えた。そんな彼女をアーヴェントは夕食に誘う。

「アナスタシア、もっと色々と聞きたいこともある。夕食に誘っても構わないだろうか?」

「は、はい。是非、ご一緒させてください。私も話したいことが沢山あります」

(こんなに楽しい思いをさせてもらって、更にアーヴェント様と夕食をご一緒出来るなんて私、幸せ過ぎないかしら……っ)

「ありがとう。では食堂に行こうか」
「はい」

 そっとアーヴェントが右手をアナスタシアに差し出す。その手を優しく彼女が握る。ラストの案内で二人は仲良く食堂へ向かう。席につくとラストと使用人達が夕食の料理を運んでくる。全ての品が並ぶ頃に食堂からナイトもやってきた。その様子を見たアーヴェントはピンときたようだ。

「そうか。フェオルだけでなく、ナイトとも仲良くなってくれたようで良かったよ」

「はい。今日やっとお顔を拝見出来ました」

 普段恥ずかしがり屋で厨房からなかなか姿を見せないナイトが夕食に同席するのは珍しいことだ。使用人達も小さな声でその話をしているようだ。

「では冷めないうちにナイト自慢の料理を頂くとしようか」
「はい。頂きます」

 ナイトは目の前でアーヴェントとアナスタシアが揃って自分の料理に口をつけてくれていることに感動していた。そっと横に並んでいたラストがハンカチをナイトに渡す。それから頃合いを見て、アナスタシアが今日並べられた料理についてナイトに説明をお願いする。ナイトは胸を張って丁寧に料理の説明をしてくれた。その話も美味しい一品となり、夕食のテーブルを華やかに彩るのだった。

 夕食が終わるとラスト達が空いた食器を片付けてくれた。いつもならアーヴェントはこの後残った仕事を片付けるために部屋に籠る。一方アナスタシアはお風呂に入ったり、寝室で眠くなるまで本を読んだりしているのが日課になりつつあった。最近は昔好きだった編み物も道具をラストが用意してくれたことで始めたばかりだ。

(今日は眠るまでの間、何をしようかしら……)

 アナスタシアがテーブルに掛けたまま、そんなことを考えていると向かい合っていたアーヴェントがじっとアナスタシアのことを見つめていた。その視線に彼女も気づいたようだ。

「アーヴェント様……どうかなさいましたか?」

(わ、私ったらつい夢中で考え込んでしまっていたわ……)

「いや……本当にいい顔をするようになったと思ってな」

 アーヴェントが柔らかい表情で笑いかける。その表情を見たアナスタシアの心臓が高鳴り目線を少し逸らしながら言葉を返した。

「あっ……ありがとうございますっ」

(本当に素敵な深紅の目……吸い込まれてしまいそう)

 ああ、とアーヴェントは小さく呟く。相手もアナスタシアのオッドアイに見とれているように見えた。会話を見守っていたラストはその様子を見て、微笑んでいた。

「なあ、アナスタシア」

 ふと間が空いた後、アーヴェントが話を切り出す。

「はい。なんでしょうか?」

「これから俺の部屋でお茶を飲みながら少し話をしないか?」

「アーヴェント様、お仕事は大丈夫なのですか?」

「今日は特にないんだ。アナスタシアさえよければ、どうかな?」

(アーヴェント様がお茶に誘ってくれるなんて……嬉しい)

「何かやりたいことがあるなら、また今度改めて誘うが……」

「いえ、大丈夫です。ご一緒させて頂きたいです」

「そうか。ありがとう」

 そうと決まれば、と呟きながらアーヴェントは椅子から立ち上がるとアナスタシアの後ろに歩いていくと椅子をそっと引いてくれた。アナスタシアも立ち上がり、礼をした後アーヴェントの隣に立つ。

「ラスト」

「はい。お茶の準備をしてからお部屋に参りますのでお二人でお先にどうぞ」

「ああ、頼むよ」

「かしこまりました」

 一連の話を聞いていたラストが気を利かせてくれた。アーヴェントはアナスタシアの手を優しく引いて自分の部屋へと向かう。食堂を出て、玄関ホールを通り二階への階段をあがり、自室へと向かう。その少しの時間もアナスタシアにはとても有意義なものだった。自然と笑顔になっていた。その反面、ドキドキしていたのも事実だが。

「さあ、入ってくれ」

「失礼致します」

 自室の扉の前に着くと、アーヴェントが扉を開きアナスタシアを部屋に迎えてくれた。この屋敷に来た初日と同じようにテーブルに備え付けられた椅子に座らせてもらった。次いでアーヴェントもアナスタシアの対面に腰かける、と思いきや彼女の隣の椅子に腰かけた。これにはアナスタシアは驚いたようだ。

(え……隣に……っ?)

「駄目かな?」

「い、いえ。そんなことありません」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

「は……はい」

 いつもずっと対面で向き合っていたので多少距離もあった。だが、今日は隣ということでいつもよりも二人の距離が近い。あまりに突然のことでアナスタシアは驚いていたが、それ以上に心臓の音がどんどん大きくなるのを必死に抑えるように俯き加減でいるしかなかった。そんなアナスタシアの心境をアーヴェントは知ってか知らでか、満足そうに黙って見つめていた。

「ナイトやフェオルと交流してくれたこと、改めて礼を言うよ」

「そ、そんな。お礼なんて……」

「屋敷の皆と仲良くしてくれることは俺にとっても嬉しいことだからな」

 そうですか、とアナスタシアは俯き気味で呟く。それくらいしか今の状態では言葉に出来なかったのだ。

「だからだろうか……」

「アーヴェント様?」

 ふとアーヴェントが呟く。俯いていたアナスタシアは気になって横に座るアーヴェントの方を振り向く。すると、アーヴェントの顔がすぐ近くにあったのだ。

(え……こんなに近くにアーヴェント様のお顔が……っ)

 アーヴェントはアナスタシア側に身体を傾けて、顔を近づけていた。二人の顔の距離がすぐ近くに迫る。その状態で相手から言葉が掛けられる。

「俺もアナスタシアとの時間が欲しくなったんだ」

 花にでも語り掛けるようにアーヴェントがアナスタシアの耳元で呟く。そんなことをされてアナスタシアが平気でいられるわけもなく、どんどん顔が赤くなっていき胸の鼓動も大きく早くなっていた。

(ああ……もう……どうにかなってしまいそうっ)

 距離を取り、両手で顔を覆うアナスタシアをアーヴェントは満足げに見つめていた。そんな時扉が開き、ラストがお茶の用意をして入室してきた。二人の様子を見た彼女はピンときたようで微笑みながら口を開く。

「……あらあら、もしかしてお邪魔でしたかしら?」

 ラストが来てくれたことで、アナスタシアはホッとしたようで少しずつ顔の熱が引いていく。ラストにお茶の準備をしてもらった後、アーヴェントとアナスタシアは今日の出来事を話題に遅くまで語り合うのだった。