パーティーの日から少し経った今日、この日。リュミエール王国とシェイド王国の永久の平和を約束するための調印式が開かれようとしていた。

 場所は二つの国の国境地帯。そこにどちらの領土にもまたがる『平和の丘』が建設されていた。作業も両国が手を取り、着工して作り上げたものである。丘の上には祭壇があり、両国をそこから一望することが出来る。

 丘の下には両王、そして王家に連なる者達が向かい合うように座り招待された者達はその後ろに座り式典を見守るという形式だ。

 式典に招待されたアーヴェントとアナスタシア達は一番前の席に並んで座っていた。

(いよいよ始まるのね……平和の式典が)

 その日アナスタシアは白とピンクを基調とした美しいドレスを着ていた。どこか見覚えのあるドレスだ。そして耳にはお気に入りのイヤリング、首には宝石が施されたネックレス、そして瞳と同じ色の指輪をその指にはめていた。

 ちょうど真ん中に設営された壇上に、レオが歩いてくる。そこから式典に招待された多くの者達を一望した後、ゆっくりと言葉を口にした。

「ではこれより調印式を始めさせて頂きます。進行はリュミエール王国、王太子であるレオ・リュミエールが僭越ながら務めさせていただきます」

 そう言いながらレオはちらっとアナスタシア達の方を見て微笑む。

(レオもあれから王太子としての勉強に勤しんでいると聞いているわ……先日もらった手紙にはそろそろ私達と会って話がしたいと綴ってあった……この式が無事に終わってしばらくしたらリュミエール城に招待してくれるともあったわ。レオも毎日を頑張っているのね)

 アナスタシアもレオを見つめながら頷いてみせる。相手にもそれは伝わったようだ。レオは式を進行させていく。

「では両国の王からお言葉を頂戴したいと思います。まずはじめにリュミエール王国現王、シリウス・リュミエール陛下から宜しくお願い致します」

 レオが一礼し、檀上から退く。シリウス王は立ち上がると、対面するシェイド王やベガ王妃、王太子であるライナー、リズベット達に深い礼をする。その後、檀上まで歩いていく。

(シリウス陛下……陛下にはミューズ家を存続させて頂いた御恩がある。あれからミューズ家で叔父様に雇われていた使用人達は私の判断で皆、暇を出した。そして昔から仕えていた者達を再び招集したのよね……私も久しい顔を見られて嬉しかった)

 アナスタシアは胸にそっと手を添える。もう片方の手はアーヴェントと固く握られていた。ちょうどその時、シリウス王が言葉を口にした。

「今日のこの良き日を迎えられたことを誇りに思う。以前は争っていた二つの国がこうして平和を永久に誓い合うことは、そう簡単に出来ることではない。その大きな目標の為に、命を賭けた者達もまた尊い存在だということを私達は忘れてはならない」

(お父様やお母様が夢見ていた二つの国の平和……それが叶う日がくるなんて……)

 シリウス王の言葉にアナスタシアは深い感銘を受けていた。アーヴェントはそれに気づき、黙って握っていた手にそっと力を込めてくれた。

(ありがとうございます、アーヴェント様……)

 青と赤の両の瞳がアーヴェントを映していた。

「ここに居る皆も、既に承知のことだと思うが我がリュミエール王国は新たな王太子としてレオ・リュミエールを選んだ。これは我が国の一つのけじめだと思ってくれて構わない。民は国のために、王は民の為に。そのことを忘れないためにもこれからレオ・リュミエールには心血を注いでもらいたいと思っている」

 レオも皆に深い礼をしてみせた。大きな拍手が起こる。降壇したシリウス王の後にアルク王が深い礼を皆に向ける。そして檀上にあがると言葉を口にする。

「我がシェイド王国もやっと今日この日、新たな門出を無事迎えることが出来る。これも二つの国の者達が今日までよく働いてくれたおかげだ。この平和の丘はリュミエール王国と我がシェイド王国の者達が共同で作り上げた平和の象徴。この先、未来永劫の平和の誓いを刻む地である。この場に招かれた者達、そして二つの国に生きる全ての者達にそれを世代を超えて語り継いでいって欲しい」

(アルク陛下にも沢山の助力を頂いた……ライナー殿下やリズベット王女にも」

 アルク王の言葉にも大きな拍手が起こる。アルク王が降壇すると控えていたレオが再び壇上にあがる。

「シリウス陛下、アルク陛下、素晴らしいお言葉誠にありがとうございました」

(……っ)

 アナスタシアは深い息を吐いた。自らが唄を披露するのは式の一番最後だと言われている。それが刻々と近づいてきていることに緊張してきていたのだ。

(この日の為の唄はちゃんと作ってきた……アーヴェント様にも何度も聞いてもらって練習も重ねてきた……だけどやっぱりここまでくると緊張してしまうわ……)

 メイもアナスタシアを明るい声援で送り出してくれた。ゾルン達もそんなアナスタシアの背中を押してくれた。レオやライナー、リズベット達も激励の手紙を送ってくれていた。

(私を想う全ての人達が私の背中を押してくれている……だからきっと大丈夫)

 胸に添えた手に力がぎゅっと力が込められる。檀上ではお互いの王太子を証人として隣に据え、二つの国の王が互いに交わした平和を約束する文書に署名を行っていた。調印の儀が済み、頃合いを見てレオが壇上から語り掛ける。

「それでは式典の最後の締めくくりとして、シェイド王国オースティン家当主、アーヴェント・オースティン公爵の婚約者であるアナスタシア・ミューズから唄の披露がございます。どうぞ、その美しい歌声をお聞き逃しのなきように」

(ついに……私の出番……)

 では、とレオがそっと腕を一番前に座っていたアナスタシアとアーヴェントに差し出す。隣に座るアーヴェントの優しく愛おしい深紅の両の瞳がアナスタシアを映しだす。

「では、行こうか。アナスタシア」

「はい……アーヴェント様」

 先に立ったアーヴェントの手に引かれたアナスタシアが立ち上がる。白とピンクが基調のドレスがその全容を見せた。そのドレスはかつてアナスタシアの母親であるルフレが彼女に送ったドレスを流用した物だった。かつての思い出のドレスは今の流行を加えた素晴らしいドレスへと生まれ変わったのだ。

 アナスタシアはそのドレスを軽く掴み、振り返るとこちらを見つめる全ての者達に深い礼をする。そしてアーヴェントに連れられて平和の丘の上にゆっくりと歩いていくのだった。