「何だ貴様はっ!? 議会が開かれないとはどういうことだっ?」

 戸惑うレイヴンを尻目にリチャードはアーヴェント達の所まで歩いてくるとシリウス王に深い礼をしてみせる。ハンスやフレデリカ達には見向きもしない。王はしばらくリチャードと見つめ合うと、静かに頷いた。

「遅くなって悪かったね、アーヴェント」

「いや、タイミングはバッチリだ」

 良かった、とリチャードは柔らかく笑う。アナスタシアとも目が合った彼は任せて、と言わんばかりの表情を浮かべていた。

(リチャード、間に合ったのね。良かった。フェオルの魔法のおかげね)

「レイヴン公爵、先程の言葉の通りです。議会は開かれることはありません」

「だから、どういうことだと聞いているのだっ!」

 リチャードは軽く息を吐くと言葉を続ける。

「議員の半数は皆、辞職されました。よって、議会を開くための過半数の議員は集まることがないということです」

「なっ!? 辞職?!」

 リチャードの言葉を理解することが出来ないレイヴンは再び狼狽え始める。それに呼応するように勢いを取り戻しつつあったハンスやフレデリカ達も消沈している様子が伺える。

「なるほどな。議員の半数は皆、レイヴンの息が掛かっていたということか」

「そういうことになるね」

 アーヴェントも納得した様子だ。だがレイヴンは納得がいかないようで言葉で噛みつく。

「何故だ……何故、そんなことが起きているのだ!?」

 アーヴェントは冷たい眼差しをレイヴンに向けると吐き捨てるように呟く。

「皆、やましいと思う所があったということだ」

「なっ……?」

(叔父様は気づいていないのね。 ……いえ、気づくはずがないという方が正しいのかしら)

 アナスタシアも議員達が辞職した背景は理解出来ていた。だからこそ毅然とした顔つきで叔父であるレイヴンを見つめていたのだ。その理由はアーヴェントの口から語られることになる。

「大臣達の中に不正を行っていた者達がいたのだ。その者達がリュミエール王国の騎士団によって捕らえられたことを聞いた議員達の中から辞職を求める声が上がったのだろうな」

 その言葉にレイヴンが肩を震わせる。

「ふ、不正……だと!? 何処にそんな証拠があるというのだっ!」

「リチャード」

「うん。わかっているよ」

 リチャードはレイヴンの方に振り向くと手に持っていた書類をかざした。レイヴンは刹那、呆けた顔をしていたが首を左右に振ると食って掛かる。

「なんだ、その薄汚れた紙切れはっ……?!」

 その質問に答える為にアナスタシアは一歩前に踏み出した。アーヴェントもその様子を見守ってくれていた。

(これは私が言うべきこと。 今こそ、ミューズ家に蔓延る闇を払う時……!)

 決意を胸に抱いたアナスタシアが口を開く。

「叔父様、その書類は私のお父様……先代ミューズ家当主であり叔父様の実の兄であるラスター公爵が叔父様達の行っていた二国間での不正な取引とそれに関わる者達を調べ上げた証拠の資料です」

「な!? な……な……な、何故それが……そんなものがお前達の手元にあるのだ……?」

 かざされた書類をよく見たレイヴンは確信する。実の弟が兄である者の筆跡を見間違うはずもない。そしてその書類の意味を一番理解しているのもまたレイヴンであったのだ。妻であるクルエの表情が曇り、視線を逸らす。

「お母さま、どうかされたの? 顔色がよくないわ」

「……ああ……ああ、なんてことなの……」

 クルエはその場に座り込むとただただ両手で青ざめた顔を覆う。意味がわからないフレデリカが駆け寄って声をかけるがクルエは顔を上げることはなかった。

「れ……レイヴン……?」

 ハンスにもその書類の意味する所に心当たりがあるようだ。力のない声で愕然と立ち尽くすレイヴンに声を掛ける。その途端、レイヴンは床に膝をついた。

「……終わりです、殿下」

 動かぬ証拠を突き付けられたレイヴンには、もはや噛みつく言葉を口にする力すら残っていなかった。床に手をつき、覇気のないやつれた表情でただ一言呟いたのだ。

「そ……そんな……馬鹿な……」

 レイヴンの言葉を聞いたハンスもまた、力なくその場に膝を落とした。頼りにしていた者の無様な姿を見たことで、この場の勝敗が決したことがその浅はかな頭でも理解出来たようだ。

(叔父様、叔母様……そしてハンス殿下……これで終わりです)

 アナスタシアは青と赤の両の瞳を静かに閉じた。一人立ち尽くすフレデリカはまだ意味が分かっていない様子で声を上げる。

「お父様、お母様……ハンス様もどうしてそんな格好をしているの……? 何故、何も言い返さないの……?!」

 瞳を開けたアナスタシアが静かにフレデリカに真実を告げる。

「先程まで私達が言っていた件が真実だったということよ、フレデリカ。そして五年前、叔父様が行っていたシェイド王国とリュミエール王国の間での不正な取引の証拠を掴んだ私のお父様とお母様を事故に見せかけて命を奪ったのも叔父様だったということなの」

「そ……そんな……嘘、嘘よ……ねえ、お父様? お母様? ハンス様……?」

 フレデリカが言葉を求めた三人からは何も返ってはこなかった。その沈黙こそが全ての答えなのだと彼女も気づいたようだ。フレデリカは開いた口が塞がらず、両手を口に当てながらゆっくりと膝を落とした。

「終わったな」

「ええ、終わりました……」

 アーヴェントの言葉にアナスタシアが頷いた。それを見たリチャードは数歩前に出るとシリウス王に言葉を掛けた。

「この者達はこの国の為、極刑にすべきだと私は思います」

(リチャード……)

『!?』

 レイヴン達はリチャードの言葉を耳にした途端、俯いていた顔を上げ戦慄していた。

「ふむ……お前の言う通りかもしれぬな」

 シリウス王も顎の辺りに手を添えながら一考する素振りをしてみせる。その言葉に反論するべく、最後の力を振り絞ったハンスが立ち上がり声を上げた。

「き、貴様! オレは王太子だぞ!? 王太子であるオレがき、極刑だと……!? し、しかもあろうことか王である父上に礼もわきまえずにそんな進言をするとは……貴様、一体何様のつもりだ!?」

 やつれ、取り乱しながら腕を大きく振るハンスにリチャードは哀しい眼差しを向ける。この期に及んでもまだ自分勝手な言い分を並べているのだから。

「……やはり、気づいては頂けませんでしたか……()()

「……は?」

 ハンスは呆けた声を漏らす。只、何度もその場で瞬きをしているだけだった。リチャードは大きなため息を吐くと、ゆっくりと玉座の方へと歩いていく。そして皆が見ている前で、そこに座すシリウス王の隣に並んでみせたのだった。

 ついに最後の真実が明かされる時を迎えるのだった。