侯爵令嬢井川なぎさは、婚約を破棄された。こんな私は悪役令嬢!そうしてなぎさは、魔王と婚約することとなった。
 破滅フラグがたった!

 婚約―男女が結婚の約束をする契約のひとつ。

 なぎさは、トーセアイランドで侯爵令嬢として生まれた。黒髪、黒い瞳であり、幼いころから気味悪がられた。黒髪、黒い瞳は魔族(デモンズ)のほうがまだ多いのだ。それもなぎさは美しかった。
 大きい目をしていた。流れるようなつややかな漆黒の髪だった。鼻筋が通っていた。スレンダーだった。
 だから美しいが性格が、というものもいた。

 父井川侯爵はトバ国トーセアイランドの領主であった。茶色の髪のイケメン、哀愁漂うイケオジであった。きりっとした眉をしていた。目は切れ長で瞳は蒼かった。背が高かく、がっしりしていた。

 トーセアイランドのがけっぷちに屋敷があった。
 なぎさは、トバ国王太子藤堂タイガと婚約したのだった。王太子は金髪(ブロンド)さらさらヘアのセミロング、前髪の長い、切れ長の蒼(あお)い瞳の詩作する美少年だった。半筋は通っていて、上唇は薄かった。
 王太子は「顔だけ」「かっこだけ」と言われていた。また詩作するので、「あんな美少年が書いている」と言われていた。

 しかし、ヒロインが現れ、婚約は破棄された。悪役令嬢のレッテルをはられたなぎさは、信じられない罵倒にあった。
 「性格ぶす」「性格ぶすが」「生きているのがおかしいんだ」「疫病にかかってしまえ」「ヤンキー」「あんなヤンキー」「お前ヤンキーやろう」「不審者」「世界一の不審者」「ほんとの不審者」「美しいが性格が」「美の教条者が」「ああいうやつは性格が」「きれいな顔をしている」など。
 ガラの悪いやつらだった。
 色眼鏡で見られた。
 「不審者が出てきた」など失敬なことを言うものがいた。
 なぎさは罪業妄想へと駆られた。

 なぎさは、八雲神殿へ父侯爵と行く。
 なぎさは白いドレスに白いプリンセスシューズを履いていた。髪はストレートロング。前髪を長く伸ばしている。イヤリングをしていた。パールのネックレスをしている。

 トーセアイランド、八雲神殿。神官がいた。
 神官はロマンスグレーの長髪。白いひげをはやしていた。スマートな紳士だ。目は切れ長で、蒼(あお)い瞳。鼻は高かった。背は高い。白い服を着ていた。
 「侯爵様」
 「うむ」
 侯爵となぎさは神官に連れられていった。やがて広い部屋に出た。大きい丸い鏡がある。
 「あれで、魔王スサノオ様と交信できるのです」
 なぎさと、侯爵は神官に連れられて、鏡の前に来た。それは等身大の大きい鏡だった。
 「なぎさ様、前にお立ちください」
 と、神官がいった。
 なぎさはおびえていた。
 「なぎさ様、ご安心を。スサノオ様はお優しい方です」
 と、神官。それでも怖かった。破滅フラグがたっていた。なぎさは死ぬ気で進んだ。
 「みかがみよ、くにつのおおかみのみかがみとつながりたまへ」
 と、神官が唱えた。
 なぎさは怖かった。やがて鏡にうっすら人影が写る。なぎさは、戦慄(せんりつ)した。
 そこに映ったのは、女性だった。おかっぱの青い髪、きりっとした細い眉、切れ長な目、緑色の瞳、高い鼻、メイドさんの恰好をしていた。背は高く、痩せていた。線は細いががっしりしていた。背中には天使のような翼があった。
 「おおおおおおおおおおお」
 と、女性。なぎさはびっくりした。女性の顔がなぎさを覗き込んできた。
 「ほんとだ。黒い髪と、黒い瞳、黒髪黒瞳(こくはつこくどう)、人間でもいらしたんですねえ。なんとお美しゅう」
 女性は男性的なたくましい声をしていた。
 なぎさははっとなった。生まれてこの方、この黒髪、黒い瞳で「魔族」とののしられてきた。髪と目を愛してくれたのは、父侯爵と、王太子ぐらいだった。
 女性はなぎさをまじまじと見ていた。なぎさはどぎまぎした。なぎさは恥ずかしくなってうつむいた。
 「見れば見るほどお美しゅう」
 と、女性。女性はじっとなぎさを見つめていた。なぎさはうつむいた。
 「あ、申し訳ありません。申し遅れました。私、魔王スサノオ様の下で家政婦長をしておりますエミリア・スワロウと申します」
 「は、初めまして、井川なぎさと申します」
 なぎさは女性的な声でいった。
 「おおおおおおおおお」
 と、エミリア。なぎさはびっくりした。
 「なんと涼やかな声でしょう」
 と、エミリア。
 「え」
 と、なぎさ。
 「この日をどれだけ待ち望んだことか」
 と、エミリア。
 「ああ、早くお嬢さまにお会いしたい」
 と、エミリアが続ける。なぎさは赤くなった。
 「あの、私もです」
 と、なぎさ。
 「おおおおおおおお。お嬢さまも私(わたくし)とおおおおおお」
 と、エミリア。
 「え、ええ」
 エミリアが大きくなった。鏡に近づいたのであろう。なぎさをじっと見つめた。
 なぎさは赤面した。
 「ああ、申し訳ありません。ついお嬢さまがお美しくて」
 と、エミリア。
 「いえ、そんなことは」
 「そんなことありませんよ」
 と、エミリア。
 「あの、わたくし、魔王陛下のスポークスマンも務めておりまして」
 と、エミリアが続けた。
 「そうなんですか」
 「お嬢さま相手だと、自分のことをなんでも話したくなるんです」
 「は、はあ・・・・・・・」
 「そ、そうでしょうか」
 「わたくし、セイレーン族でして」(*セイレーン―ギリシア神話に登場する怪物)
 「はあ」
 「なんだか、初めて会った気がしませんね」
 と、エミリア。
 「そうでしょうか?」
 「そうですよ」
 「エミリア」
 なぎさははっとなった。突然、荒々しい男性の声が聞こえたのだ。魔王に違いない。なぎさは戦慄した。それをエミリアが見る。
 エミリアはにこっと笑みを浮かべた。
 「お嬢さま、ご安心を。魔王陛下はわたくしがおしゃべりなものですから、ちょっといらついておいでなのです」
 「ああ。悪かった。エミリア、まだか」
 今度は優しい声だった。
 「ああ。はい。お嬢さま、では魔王陛下スサノオ様と変わりますので。ご安心を。スサノオ様は大変お優しいので」
 「は、はい」
 「お嬢さま、ではしばしお別れです」
 エミリアは悲しそうな表情をした。
 「はい」
 エミリアが去る。なぎさは怖かった。ドキドキした。魔王とはどのような容姿をしているのか。様々な恐ろしい悪魔の顔が思い浮かんだ。例えば骸骨の姿とか・・・・・・。が・・・・・・・。
 そこに現れたのは・・・・・・・・。
 つやのある漆黒の長い髪、切れ長な目、黒い瞳。きりっとした眉。筋の通った鼻、薄い上唇、シャープなフェイスライン。浅黒い端正な顔立ちだった。がたいはよく、背が高く、大柄だった。タンクトップの白い衣を着ていた。細いが筋肉質な感じであった。肌はきれいな小麦色をしていた。
 なぎさはその美しい顔にみとれた。
 「はっはー。俺が魔王スサノオだ」
 豪快な声だった。
 スサノオはなぎさを覗き込んできた。
 「おぬしも黒い髪、黒い瞳なのだな」
 と、スサノオ。
 「はい」
 と、なぎさ。
 「ハッハー、まさか、人間に俺と同じやつがいたとは」
 なぎさは不思議な気持ちだった。今まで、この瞳と髪の色で差別を受けてきた。
 「ん、どうした。ああ、いきなり魔王が出てきて、恐ろしかろう」
 「いえ、そんなことは」
 「無理しなくてもいいのだ。何せ俺は破壊神の、なんでも手にしなければ気が済まない欲しがりや、魔王スサノオだからな。こんな一般じゃない、ろくでもない、まっとうじゃない、怖い人の魔王だの恐ろしゅうて仕方なかろう」
 「は、はい」
 「ハッハー。そうだろう。このエミリアとて、手にしたいと思って手に入れたスサノオ様だからなあ」
 「しかし、スサノオ様はわたくしをスカウトするために大変努力なさいました」
 とエミリアの声がした。
 「うむ。そりゃあ、欲しいものが人や魔族なら、そいつの同意をとらねばならんからなあ」
 なぎさはほっとした。スサノオはそんなに悪い人じゃない。これって破滅回避、ざまぁな展開。
 「スサノオ様」
 と、エミリア。
 「ああ」
 スサノオは咳払いした。
 「俺はこの婚約を破棄する」
 と、スサノオ。
 (えええええええええ)。なぎさはびっくりした。またしても婚約破棄。またしても破滅(バッドエンド)・・・・・・・。
 なぎさは絶望する。
 「ん。どうしたのだ。俺は当事者同意なしの婚約など気に食わないが」
 と、スサノオ。
 「は、はあ」
 「お互い、どこの誰だかわからない不審者と結婚するなど嫌だろう」
 「・・・・・・・」
 なぎさは押し黙った。
 「スサノオ様」
 エミリアの声がした。
 「あ、そうだった」
 スサノオはすまなさそうな顔をして、咳払いした。
 「す、すまない、なぎさ。おぬしが人間界で不審者とののしられ不快な思いをしてきたのは、王太子から聞いておる」
 お、王太子から、となぎさは思った。
 「は、はあ」
 スサノオは咳払いした。
 「話を戻そう。俺は欲しい者は手に入れたい、わがまま勝手なやつだ」
 なぎさはきょとんとした。
 「なぎさ、俺はおぬしが気に入った」
 (えええええええええええ)。なぎさは何が何だかわからなかった。
 スサノオは咳払いした。
 「しかしだ。相手が魔族や人間なら、同意がいるわけだ」
 なぎさはまだ何もわからなかった。
 「スサノオ様」とエミリアの声がした。
 スサノオは咳払いした。
 「ということで、そのお、なんだ・・・・・・・」
 スサノオは口ごもった。
 「スサノオ様」
 と、エミリアの声。
 「なぎさ、よかったら俺と婚約してくれないか」
 と、スサノオ。
 (ええええええええええええ)。やはり破滅回避。ざまぁ・・・・・・・。
 「あのう、はい」
 と、なぎさは答えた。
 「今なんて」
 「はい」
 「いいのか。魔王だぞ」
 「はい」
 「無理しなくてもいいのだ。おぬしが人間界で受けている仕打ちは知っておる。婚約しなくとも城で雇ってやるぞ」
 「あの、ぜひ婚約を」
 「おおおおおおおおおおおお」
 と、スサノオ。
 「いいのか、ほんとうにいいのか」
 「はい」
 なぎさはほほを赤らめてそういった。
 「やりましたね。スサノオ様」
 と、エミリアの声がした。
 「双方意思表示合致により契約成立です」(*意思表示―法律効果を欲する意思を外部に表示すること)
 とエミリアがいった。
 なぎさは喜んだ。やった。またしても破滅回避。ざまぁな展開。
 「ハッハー、同意を得て、なぎさを手にしたぞ」
 スサノオは喜んでいる。
 なぎさは赤くなった。
 「よかったですね、スサノオ様」
 と、エミリア。
 「ああ」
 スサノオは一呼吸置いた。
 「ああ、それで、おぬしは眠らされて船で、送られてくるんだったな」
 と、スサノオ。
 「はい」
 そうしてなぎさは顔をあからめた。
 「ん?」
 と、スサノオ。
 「すみません。私ったらは破廉恥な妄想を」
 スサノオは顔を赤らめた。
 「い、一体?」
 「あの、その、そちらの方に贈られたとき、ぜひ、スサノオ様の、その、・・・・・・」
 なぎさは口ごもった。
 「あの、キスで起こされたいと」
 「ん?、今なんて」
 と、スサノオ。
 「で、ですからスサノオ様にキスで起こしていただけたらと・・・・・・・」
 なぎさは恥ずかしそうにいった。
 「ええええええええええ」
 と、スサノオ。
 「ほんとにいいのか」
 「ぜひ。あの、やはりだめでしょうか?」
 「え、いや、もちろんいいとも」
 なぎさは輝いた。
 「ほんとですか」
 「ああ」
 
 なぎさは眠りにつかされ、箱に入れられた。箱は魔法船アンドロメダに入れられ、トーセアイランドの東の海岸からはるか東にある魔族(デモンズ)の国、ねのかたす国に流された。
 そこで待ち受けていたのは魔王スサノオだった。なぎさは、スサノオのキスで目覚めた。
 なぎさの目の前には男性の顔が。男性の顔が離れた。男性は荒々しいがりりしい顔だちをしていた。黒髪の長髪、切れ長の目、黒い瞳、漆黒のイケメンだった。
 「目覚めたか」
 荒々しい声だった。なぎさは震えた。
 「怖がることはない」
 優しい声だ。
 「俺の妃になる女に何もしやしない」
 と、男は言った。
 なぎさは魔族(デモンズ)に歓迎を受けた。そうして、王立学園へ・・・・・・。