◯帰り道

てくてく無言で歩くふたりの手はしっかりと握られている。

菜月「あのっ、そろそろ離してください」
真紘「なんで? 嫌?」
菜月「嫌とかじゃなくて……」

菜月(き、気まずいし、手汗も気になる……)

真紘「嫌じゃないなら、このままでいいだろ」

見上げた真紘の耳が赤く染まっている。

菜月「え、もしかして……照れてるんですか?」
真紘「……うるさい」

菜月(なっ、なんでそっちが照れるのっ……!)

菜月も一緒になって真っ赤になってしまう。
話題を変えようと話しかける。

菜月「あの、さっきはありがとうございました」
真紘「ん? なにが?」
菜月「みんなにちゃんと話して、わかってもらえたと思います」
真紘「そっか。よかったな」

振り返って向けられた笑顔にときめく。

菜月(改めて見るとめちゃくちゃイケメン……! そりゃモテるよね。髪型とかも芸能人みたいにオシャレだし)
菜月(それに、下校時間は守ってるってことは、やっぱりただ不真面目なだけじゃないのかも)

菜月「水嶋くんは、その髪型にこだわりがあるんですか? 結局、ずっと直さないまま校則が変わりましたけど」

(チャラくて校則違反常習者だけど、きっと水嶋くんの本質はそれじゃない……と思う)


◯菜月のモノローグに合わせて真紘の回想・中三の頃

塾の夏期講習の休み時間。

『頭いいからってスカしてて嫌な奴』
『親戚が景星学園の理事長だからって調子乗ってる』

影でいくら言われようと、他人に興味がない。
ファッションにも興味はなく、髪も伸びっぱなし。目が隠れるほど前髪が長い。

菜月『いいの? 言われっぱなしで』

ストンと隣に座り、小声で尋ねてきた名前も知らない女子にも興味は持てない。

真紘『……別に。どうでもいい』

つっけんどんな返事に驚いた表情の菜月だが、すぐに笑顔に変わる。

菜月『ねぇ、その前髪邪魔じゃない? これ貸してあげる』

自分の前髪からヘアピンを一本取り、真紘の前髪を止める菜月。

真紘『ちょ……っ』
菜月『ああいう髪型とかしてみたら、意外と似合ったりして』

菜月が指した方向には、アッシュグレーのツーブロックというヘアスタイル(現在の真紘と同じ髪型)の男性アイドルがタブレットを持った塾のポスター。

菜月『自分から壁を壊したら、案外うまくいくかもしれないよ? 受験ってストレス溜まるけど、頑張ろうね』


◯回想おわり・帰り道

真紘「……本当に覚えてないんだな」

菜月と繋いだ手と反対の手はポケットの中。菜月から借りたヘアピンを握っている。

菜月「え?」
真紘「いや、なんでもない。そっちこそ、なんでそんなにルールを守ることに拘ってんの?」

言葉に詰まった後、菜月はゆっくりと口を開く。

菜月「……父は酒癖が悪くて、母に暴力を振るう人でした。浮気もしていたみたいで、滅多に帰ってこなかったけど、一年前に飲酒運転で事故を起こしたんです」

繋いでいた手がするっと手が離れ、立ち止まる。
真紘が振り返ると、俯いている菜月。

菜月「結婚してるのに他に女の人を作ったり、お酒を飲んで運転したり、ルール違反ばっかりして。離婚したけど、母はめちゃくちゃ苦労させられました」
真紘「……だから森下さんは頑なにルールを守ってるのか」
菜月「私は、絶対にあの人みたいになりたくない……っ!」

肩を震わせて話す菜月を、ぎゅっと抱き締める真紘。

菜月「み、水嶋くん……?」
真紘「拗らせすぎ。父親と森下さんは違うだろ」

腕の中で身動きできないまま、ただ真紘の言葉を聞く菜月。

真紘「考え込んで、自分を追い詰める必要なんてない」
菜月「でも……」
真紘「うん。でも森下さんはそれじゃ納得できないんだろ?」

抱きしめられる腕の力が緩み、顔を上げると至近距離で見つめ合う。

真紘「言ったじゃん、俺が森下さんを縛るルールも考え方も壊してやるって」
菜月「それって、どういう意味……?」
真紘「うちの校則で一番いらないの、なんだと思う?」
菜月「え?」
真紘「男女交際禁止。いつの時代だって思わない?」

菜月がなにも言えないでいると、大きな手に頬を包み込まれ、ちゅっと唇を奪われる。

菜月(~~~~~~っ?!)

真紘「ルールを守れなくなるくらい、俺のこと好きにさせてみせるから」