◯ある日の放課後・教室

帰り支度をしていると、クラスメイトの会話が耳に入る。

生徒A「えっ? それもメイクってことになるの?」
生徒B「うん、特例は認められないって言われた。だからせめて隠したくて髪を下ろしてきたけど、結べって言われちゃうし……」(生徒Bは頬から首の火傷を隠すため、マスクをしている)

『髪を下ろしてきた』という言葉に、先日の真紘からほどいた髪にキスをされた記憶が甦る。

菜月(わっ、思い出さなくていい……っ!)

首をブンブン振る菜月。

生徒A「火傷の痕隠すファンデとコンシーラーすら認めないって、マジ意味わかんない!」

その会話を聞き、菜月は先日の真紘とのやりとりを思い出す。

真紘(回想)『髪型とか髪色が違ったらなんなの? 染めたら不良になったり、黒かったら成績がよくなんの?』
真紘(回想)『守る意味もわからないルールって、なんの意味があんの?』

普段チャラい真紘の真剣な顔におされて言葉が出なかったが、たしかに『ルールは守るべきもの』という固定概念に囚われ、校則の本質について考えたこともなかった。
火傷を負った女子生徒が、その痕を隠したくてファンデーションを塗ることすら許されない。

菜月(水嶋くんが校則を守らないのは、その校則に意義を見出だせないから……?)

そこに慌てて駆け込んできた女子生徒の声。

クラスメイトの女子「ねぇ! 第一体育館前に校則廃止の投書箱ができたんだって!」

菜月(え……っ⁉)

ざわめく教室内。
見に行こうと何人もの生徒が駆け出していく。

陽葵「風紀委員会……じゃないよね?」
菜月「うん、知らない。生徒会かな?」
陽葵「行ってみよう」


◯第一体育館前

大勢の人だかり。大きなポスターが貼ってある。

【髪型・メイクの自由化!
学校生活に支障をきたさない髪型・メイクであれば、生徒の自主性を認めるべきだと主張します。
生徒の三分の二以上の賛成意見があれば理事長へ嘆願書を提出できるので、賛成の方は署名をお願いします。
他にも意見がある方はこちらまで】

陽葵「そんな制度あったなんて知らなかった! すごいね、七割くらいの生徒が署名したら、校則が変わるってこと?」

菜月の心臓がドクンと大きく鳴る。
ポスターの隣には机と簡易ポストが設置されており、髪型・メイクの校則の廃止に賛成なら署名をしてポストへ投函する仕組みらしい。
そこに騒ぎを聞きつけた瞬がやってくる。

瞬「森下さん」
菜月「一ノ瀬先輩」
瞬「これは……一体誰がこんなこと」
菜月「生徒会、でしょうか?」
瞬「生徒会ならそう名乗るし、きちんと通知したり手順を踏むはずだよ。こんなゲリラ的な手法は、ヒーローを気取った誰かの仕業だろうね」

真面目でしっかり校則を守る瞬は、穏やかだが不快そうに眉をしかめる。

投書箱の方を見ると、先陣をきって署名する真紘。
みんな遠巻きにしていたが、それを見た大勢の生徒が彼につられるように一斉に署名を始める。
一年生ながらカリスマ的魅力があり、菜月も彼から目を逸らせないでいた。

すると友人に囲まれている真紘と目が合う。
彼は菜月を見つけると、友人に断りをいれてこちらにやってくる。

菜月(わっ、なんでこっちに来るの……っ?)

真紘「見た? 校則が変わるかもしれないって」
菜月「う、うん」
真紘「あの約束、覚えてる?」
菜月「約束……?」

瞬や陽葵に聞こえないよう、真紘が長身をかがめて菜月の耳元で囁く。

真紘「校則がなくなったら、俺好みの髪型で来てって言ったじゃん」
菜月「な……っ!」

真っ赤になる菜月。
その様子を見て面白がる陽葵と、不機嫌そうな顔の瞬。

真紘「どれくらい署名が集まるか、楽しみだな」

距離の近い真紘と菜月に、瞬が割って入る。

瞬「君は一年の水嶋くんだね。生徒指導室常連の」

真紘は菜月から瞬に向き直った。

真紘「一ノ瀬先輩、お疲れ様です」
瞬「君は署名したの?」
真紘「もちろん。俺、女の子は髪おろしてる方が好みなんで。あとメイクも、ケバくない程度に唇とかうるうるしててほしいし」

菜月と話していたときのような真剣さはなく、チャラい雰囲気の真紘。

瞬「それは、学校に必要ないと思わない?」
真紘「なんでもかんでも禁止して、学校を監獄みたいにする校則の方がいらないっすね」

菜月(……違う。チャラそうに見せてるだけで、瞳が真剣だ……)

真紘「校則もそうだし、うちの学校は体育大会も文化祭も父兄の参加は禁止、露店も出ない」
瞬「授業の一環だからね」
真紘「おまけに男女交際禁止って、三年間誰とも付き合うなってこと? 先輩だって、あり得ないと思いません?」

真紘はチラリと菜月を見る。
その視線を受け、瞬もまた菜月を見て複雑な顔をする。

真紘「正当な理由もないまま、ただ『ルールだから』って押し付けるなんて、時代と逆行してる。そりゃ校則変えてやろうって奴も出てきますよ」
瞬「それでも俺は風紀委員長として校則を重んじ、校内の風紀を守る義務がある。もちろん、彼女もね」

ふたりの間にバチバチと見えない火花が散る。
意味がわからず困惑する菜月。(うしろではなんとなく察した陽葵が目を輝かせている)

瞬「行こう、森下さん。今後の風紀委員会としての対応を練らないと」
菜月「は、はい」

瞬に促され、菜月は戸惑いながらも体育館をあとにする。
その背中を見送る真紘。

◯真紘の回想・塾の教室

隣同士に座る菜月と真紘。
真紘は現在と違い、前髪が長く顔が見えにくい。イケメンオーラはない。

中三の菜月『自分から壁を壊したら、案外うまくいくかもしれないよ?』

菜月もまた現在とは違い、屈託のない笑顔。
編み込んだ長めの前髪をピンでとめ、サラサラの髪の毛の菜月。

(回想おわり)

不敵に微笑み、小さく呟く。

真紘「壊してみせる、絶対に」