「いい匂いする」

放課後。
二人っきりの教室で、私はドキッとした。

「ほんとヤダ。やめて、そういうの」

前の席に座って私をのぞいてくる香澄くんの目から、慌てて視線をそらす。

毎月、香澄くんが言ってくるいい匂い。
それが何かわかっているから恥ずかしいのもあるし、ただ単純に、香澄くんの顔がきれいすぎて直視すると顔が赤くなってしまうから。

「ちょっと、貧血ぎみ?」

ひやりと、赤くなった私の頬に香澄くんの手がふれる。
すごく華奢で女の子みたいって言われてるのに、さわられると骨っぽくて大きくて、やっぱり男の人なんだなと感じてしまう。

「ごめんね、今月はちょっと貰いすぎたかな」

しょんぼりとした表情をされると、小学生のころに飼ってたシーズー犬のハリーを思い出してしまう。

「仕方ないよ、今月は香澄くんも風邪引いたりで体調悪かったんだし。いつもより必要だったんでしょ、血」

血ーー
そう、私は血を香澄くんにあげている。
なぜなら、香澄くんは吸血鬼だから。

幼なじみの私だけが知っている、香澄くんの秘密。
お伽話と違ってお日様も大丈夫だし、鏡にも映るし、普通にごはんだって食べている。
でも、香澄くんは吸血鬼。

いつどうやってそのことを知ったのか忘れてしまうぐらい、私にとってそれは当たり前のことだった。

「でも、辛い思いさせるぐらいなら我慢すればよかった」

「ダメ! 前みたいにこじらせて肺炎になったらどうするのよ」

ぎゅっと、香澄くんの手を握り返す。

香澄くんの手はいつもひんやり冷たくて、心が暖かいからだよってよく笑ってる。
その手が溶けそうなぐらい熱くて、苦しそうな姿を思い出すと、今でも涙が出そうになる。

人間の私となんにも変わらない姿形をしていても、やっぱり香澄くんは吸血鬼だから、血を飲まないと身体を維持出来ない。

「私は薬だってあるし、大丈夫だよ」

人間みたいに風邪だって引くのに、人間用の薬は効かなくて血だけが薬だって言っていた。

あの時は私が家族旅行中でいなかったから、体調を崩しても血が飲めなくてこじらせてしまった。
だから、私はもう旅行には行っていない。

香澄くんは気にしないでって言うけれど、そんなわけにはいかなかった。

肺炎が治って元気になった香澄くんに会いに行ったら、いつもよりたくさん血をあげたお礼か三本の薔薇の花束をもらった。
あの時の香澄くんの照れ臭そうな笑顔。
元気になった姿にほっとして、ずっとそばにいたい離れたくないと思った。