「おい、待てよ!」
「その子は置いてけ!」

 標的を掻っ攫われ激昂した男性が夜紅さんの肩を乱暴に掴んだ。

「離せ」
「はあ?舐めんじゃねーよ!」
「気安く触るな」

 ギロリと男性達を睨みつけた夜紅さんの瞳が、鈍い光を放つ。闇の中で紅い瞳だけがぼうっと浮かび上がった。

「仲間と一緒に大人しく帰れ」
「はい……」
「ゴミも片付けろ」
「はい……」

 あれほど殺気立っていたのに、男性達は人が変わったように素直に夜紅さんの言うことに頷いた。
 虚空を見つめながら仲間の元に戻ると、黙々と空き缶を片付け始める。
 ……まるで夜紅さんに操られているみたいだ。

「行くぞ」

 夜紅さんは後ろを一切振り返ることなく、私の手を握ると家路を急いだ。
 迎えにきてもらえて嬉しいのに、手放しで喜べない。酔っ払いを追い払った夜紅さんの尋常ではない表情が、頭から離れてくれない。

(あの人達に何をしたの?)

 夜紅さんが何かしたのでなければ、彼らがあっさり心変わりした理由が他に思いつかない。

(吸血鬼って……一体なんなの?)

 私は触れてはいけない秘密を暴こうとしているのだろうか。
 青白い月だけが私達を淡く照らしていた。