「乃亜ちゃん、ちょっといい?」

 ノックの音と共に、奈緒さんの声が聞こえた。慌てて布団で顔を隠した私は、低い声で「はい」と言った。扉が開く。

「乃亜ちゃん、大丈夫?」
「うん。まだお店じゃなかったんだ」
「買い物行ってたの。でも、もうお店に行かないと」

 枕元に座る音がした。

「お父さんから聞いたよ。今日、手術だったんだね、大変だったね。何か私にできることがあれば、言ってね?」
「べつにない」
「そっか……ごめんね乃亜ちゃん。こんな時なのにお店も休めなくて。うちのスナック、私以外従業員がいないのよ。だから、急には閉められないんだ」

 奈緒さんが、私に歩み寄ろうとしてくれているのは伝わる。彼氏の娘だからって、ただそれだけの理由だろうけど、逆に言えばたったそれだけの理由で、こんな無愛想な態度をとっても、無視しても、私を見捨てない。

 返事をしない私に、彼女はまた言葉をかけた。

「スープ作ったから、もし飲めそうだったら飲んでね。そろそろ仕事行くね」
「ん」
「行ってきます、乃亜ちゃん」

 パタンと扉が閉まれば、再び訪れる静寂。酷い対応の己を正当化するは、こんな考え。

 いつか彼女も父と別れる時がくる。私が恋人の娘ではなく、他人に降格する日がくる。すると今まで築いた関係などなかったことにされる。だから、心を開かなくて正解だ。