「お母さん、天国(そっち)に小さな命が逝ったよ。私が逝くその日まで、迷子にならないように手を繋いであげて、守ってあげて。お願い」

 うん。わかった。


 瞼を開けた先には純白の天井。一瞬、天国かと思った。
 ボーッとするのは麻酔が効いているせいだ。そのお陰でどこも痛くない、心以外は。

 日帰りで中絶手術ができる時代。一体幾つの命が、一日の間で葬られているのだろう。
 自分のお腹をさすってみた。誰もいない部屋を確かに感じて痛む胸、溢れる涙。
 もう天国には着いたのだろうか。恨んでもいい、憎んでもいい。私は死ぬまでこの十字架を背負っていく。

 学校を休んで一緒に病院へ行くと言ってくれた勇太君を、私は登校するよう言い聞かせて、ひとりでの手術を望んだ。付き添いは、彼の母。
 何故彼を拒んだかと言うと、それは本当に些細な理由だ。麻酔でぐっすり眠っている姿を、見られるのが恥ずかしいから。涎を垂らしていないとは言い切れない。

 帰宅し、ごろんと布団に寝そべる。うつ伏せにはまだ抵抗があるから、仰向けで。
 夕方のこの時間、父は仕事。奈緒さんも開店準備の為、もうスナックにいる頃だろう。

 私は幼少期の母との会話を思い出す。

「ママはなんで乃亜のママになったの?」
「あら、どうしてそんなことを聞くの?」
「だって、さっき怒られたから。乃亜じゃないほうがよかったのかなあって」
「そんなことないわよ、乃亜。ママは乃亜に会いたくて一生懸命産んだの。きっと乃亜じゃなかったら、あんなに頑張れなかったわ」
「そうなの?よかったあっ」

 耳に垂れ落ちる、(ぬる)い涙。

「ごめん、ごめんなさいっ……」

 謝ったところで、過去は消せない。けれど知識も語彙力も乏しい私の口からは、そんな言葉しか出てこない。

「ごめんなさい、赤ちゃんっ……」

 ねえお母さん。私の赤ちゃんと逢えたかな。