【完結】鍵をかけた君との恋

 遠くで誰かの楽しそうな声がする。陸も私も何も言わぬまま、沈黙が流れていく。長く続く静寂に、黒目だけを動かした。

「陸……?」

 顔を上げた視界には、項垂れた頭を腕に閉じ込めた陸の姿。

「好きになれたんだな、勇太のこと……」

 くぐもった声でそう言われ、身の毛がよだつ。勇太君を本気で好きだなんて、思われたくない。

「好きになれたらいいなって、そう思ってるだけっ」

 身勝手な思いが口をついて出た。その言葉に顔を上げた陸は、私の両肩を掴んで揺さぶった。

「好きになれたらって何?じゃあ今は?今はまだ好きじゃないってこと?」

 軽蔑する彼の双眸が、胸を貫く。

「お前、好きでもねーのにヤれんの?そんなの、気持ちよくもなんともねえじゃんっ!」

 人生一度きりの初体験をそんな風に言われては、乙女心が黙っていられなかった。

「そんなことないよ!ドキドキしたもん!」

 私は陸を睨みつけた。彼も同じ瞳を寄越す。

「じゃあ勇太のこと、好きなんだな?」
「好き、になれるかもしれない」

 こんな曖昧な態度しかとらぬ私に、陸はとうとう怒りを露わにした。

「んだよ、肯定しろよ!」
「痛い!」

 肩を掴む手に力を込められて、戦慄が走る。陸との喧嘩など今まで腐るほどしてきたけれど、今日のは違う。少年から男の体つきになった彼にはもう、抵抗のしようがない。

「い、痛いよ陸……」

 けれど、陸に怯える自分にも鳥肌が立ってしまう。彼をここまで怒らせたのは紛れもなく自分自身なのに、何を警戒しているのだと。

 上顎を(はじ)きながら立ち上がった陸は、店内へと消えて行った。

「最低だ、私のばか……」

 小さく零す、己への愚痴。ぐらつく気持ちが、台詞の邪魔をする。
 私は勇太君が好きなの。たったそれだけでいいのに。