「あれ。お父さん」

 帰宅すると、平日にしては珍しく、早い時間から父がビールを片手に寛いでいた。
 普段留守がちな父と話せるこのチャンスを逃してはいけない。

「ねえねえ、私が塾行きたいって言ったら、オッケーしてくれる?」

 ほんのり赤らんだ父の顔。その眉間に皺が寄る。

「塾ぅ?どうしてまた?」
「だ、だってみんな行ってるし、中三の二学期だし。そろそろ受験に本気出さなきゃ、どこも受からないよ」
「うーん……」

 彼はグビッとグラスのビールを飲み干すと、台所で追加を注ぐ。半笑いで小首を傾げているのが目に入り、奥歯を噛む。
「おっとっと」と泡を啜りながら居間に戻って来た彼は言う。

「まあ、ダメとは言わないけど」
「じゃあいいの?」
「乃亜が塾なんか行って、意味あるか?」

 その瞬間、ピキンと血管が浮き出るのがわかった。彼はまだ、馬鹿にしたように笑っている。

「今まで勉強なんか放ったらかしだった乃亜が、今更塾に行ったところで何か変わるか?馬鹿は馬鹿のままだろう。それに、乃亜が高校に行くなんて、父さんは何も聞いてないぞ。わざわざ金かけて無理に進学するくらいだったら、結婚でもすればいい。どうせ女なんだ。将来は夫に食わせてもらうんだろう」

 その刹那、理解が追いつかなかった脳は懸命に、父の言葉を咀嚼する。

 馬鹿は馬鹿のまま。無理に進学。結婚でもすればいい。
 今更、わざわざ、どうせ。
 
 気付けば食卓の新聞紙を掴んでいた。