手の力を緩めた陸は言った。

「なあ、答えてよ乃亜。勇太のことが好きなら好きって、どうして俺が告白した時に言ってくれなかったの?」

 先ほどとは打って変わって泣きそうなその声に、嘘がつけなくなる。陸に傷付いて欲しくないと思ってしまう。

「ゆ、勇太君のことは好きじゃないよ。付き合おうって言われたから付き合ってみただけ。勇太君の気持ちも、ずっとは続かないと思うし」

 そして一転、陸は私の手首を乱暴に離す。

「いや、意味わかんねえ。好きでもないのに付き合ったんだ?お前さ、昔からそうだよな。テキトーな奴とテキトーに付き合ってすぐに終わって。なのに俺とは絶対付き合わない。テキトーな奴以下かよ俺はっ」
「そ、それは陸が、いつもゲームで告白してくるからでしょっ」
「まじで毎回ゲームだと思ってんの?ガキじゃねえんだよ、なんだよゲームで告るって」
「え、今までの、ゲームじゃないの?」
「乃亜にゲームで告ったことなんて一度もねえよ!全部本気だっつの!乃亜がいっつも相手にしてくれねえから、だから俺も罰ゲームのふりしてただけだよ!」

 陸は一息ついて続けた。

「でも結局、この前はぐらかさないでちゃんと告白しても、俺のことフったもんな。お前にとって俺は『試しに付き合ってみる』のその中にもいない。ずーっとただの幼馴染」

 肩を落とす陸に何と言おうか、どう説明しようか。そんなことを考えているうちに、背を向けられた。

「なんかすっげえショックだわ。もういいや、急に呼び出してごめんな」

 とぼとぼと、自身の家へと歩む陸。

 追いかけなくては。心ではそう思っていても、鉛のように重い足がそれを許さない。
 勇太君と私が恋人同士になったこと、陸が私を好きなこと、このやるせない気持ち。全ては幻ならばいいのに。

 遠ざかる陸の後ろ姿を見つめたまま、いつまで経っても踏み出せない一歩に涙が落ちた。

「もう、やだ……」

 次々と落ちていく雫。止めたくても止まらない。

「り、陸ぅ〜っ……」

 蹲りながら地面に向かって吐いた彼の名は、本人の耳にも届いたようで。

「はぁーっ!もぉ、めんどくせぇ!」

 怒りに満ちた声と共に、こちらへ近付く彼の足音。私のすぐ側で、止まる。

「なんなんだよっ。どうして乃亜が泣くんだよっ」

 膝を折った陸は、私の頭に手を置いた。大きな陸の手、温かい手。
 ぐしゃぐしゃになってしまった顔を上げる勇気は出せなかったけれど、彼のTシャツの裾は掴んだ。置いて行かないで欲しいと、そう思ったから。

「嫌いにならないでっ……」

 嫌われたくない。陸にだけは。

「私のこと、嫌いにならないで……」

 言葉の途中、頭上の手よりももっと温かい場所に引き寄せられた私は、陸の胸元に収まった。彼の速い鼓動が聞こえて、乱れた呼吸が落ち着いていく。

「乃亜ぁ……」

 絞り出したような声が、心臓の音と共に耳の底で響いた。

「お前を嫌いになれないから、辛いんじゃんかっ……」