「少し落ち着いた?」

 私をベンチに座らせて、自動販売機で水を購入してくれた彼。

「ありがとう、森君」

 鏡は手元にないけれど、今の私はとてつもなく、酷い顔をしているのだろう。

「もうちょっと休んでから、帰ろっか」

 彼は何も聞いてこなかった。恋人だった頃には気付けなかった、彼の優しさに触れる。

「森君って、意外と紳士だったんだね」
「今頃気付いたか。遅いなあ」
「泣いた理由、聞かないの?」
「ん〜、予想は陸かな」

 その発言に驚き固まっていると、彼は続けた。

「俺ね、小学校の頃毎週楽しみにしてたドラマがあったの。一話二話って毎週必ず観てて、最終回のその日もテレビの前でワクワクしながらスタンバイしてた」

 突然始まった思い出話に困惑するが、彼は「だけどね」とまだ話す。

「観られなかったんだよ、最終回。その日に限って家の時計が一時間半も遅れてた。辛くて超泣いた。当時は今みたいに見逃し配信とかなかったからさ、どう足掻いても観られなくて」

 私は「う、うん」とぎこちない相槌を打つ。

「悔しくて何日も泣けた。だけど乃亜、不思議なんだよ。俺、その最終回を未だに観ていないのに、もう涙が出ないんだ」

 不思議だねとも思えずに言葉を選んでいると、彼はにっこり笑って言う。

「つまりは枯れない涙なんかないってことだ。今は辛くて悲しくてどうしようもないかもしれないけど、いつかは自然に治っていくんだよ。例えその願いが叶わなくたって」

 未練を残したドラマと失恋。並外れた彼の考え方に、思わず唸ってしまった。

「時が必ず解決してくれるから、今は泣けるだけ泣いて、スッキリしちゃいなよ」

 ははっと優しく微笑まれて、じんわり心に広がる何か。

「ありがとう森君。少し楽になった」

 この世に癒えぬ傷などない。ゆっくり治していけばいい。そう思えた。