【完結】鍵をかけた君との恋

「乃亜ちゃん、乃亜ちゃんっ」

 その声で、瞼を開ける。そこには見慣れた天井と、涙目の奈緒さんの姿。帰宅した記憶は全くなかった。

「私……どうしたの?」

 むくりと上半身を起こせば感じる頭痛。私は額に手をあてた。

「乃亜ちゃん、土手で寝ちゃってたでしょ。付近の人が警察に通報して、警察からお父さんのところに連絡があったの。ちょうど家にいたから、すぐに行けて良かったわ。いくら声かけても起きないし、熱がけっこうあるみたいだし、様子見て病院に行こうと思ってたところ」

 ゴールデンウィークの最終日は、とことん最悪な日となった。

「お父さんは?」

 ティッシュで目元を拭う彼女に聞いた。

「お父さんは久々のおんぶに腰を痛めたのか、居間で休んでるわ。ついさっきまでここで、乃亜ちゃんを心配そうに見てたんだけどね」

 父のそんな姿は、少しも想像がつかなかった。

「乃亜ちゃんがお母さんみたいに死んじゃったらどうしようって、思ったのかも」

 父の涙は、母が亡くなった時に一度だけ見た記憶がある。仏壇の前で声を殺し、ひとりで静かに泣いていた。

「何か食べる?」
「うん。少しだけ」
「じゃあ、スープでも作ろうか」

 そう言って台所へと向かった奈緒さんに遅れること数分、私も自室を出る。居間にはいつも通り、新聞に目を通す父。

「お父さん、心配かけてごめんなさい……」

 父は私を見なかった。だけど震えた声で、こう言った。

「家族が亡くなるのはもう、お父さん嫌だからな」
「うん……」
「あまり心配かけるな」

 母が亡くなったあの日から、父の家族は私だけ。そして私の家族も父だけだ。

「ごめんね、お父さん」

 そんなことを、私は忘れていた。

 
「お待たせ。味付けは薄めにしたから、飲みやすいと思う」

 奈緒さんは、スープを啜る私をじっと凝視し「どう?」と聞いた。

「うん。美味しいよ」
「ほんと?よかった。まだまだいっぱいあるからね。あ、お父さんも飲むー?」

 私はまた、ズズっと啜る。

 懐かしい味だった。薄味好きの母が作るスープと、どこか似ていたのかもしれない。