じんわりとした汗が不快で目を覚ますと、蝉の鳴き声と同じボリュームで、煩い雨音が耳を貫いた。今は何時だろうと枕元の携帯電話に触れたその瞬間、一気に引いていく汗。

「おはよう、乃亜」
「乃亜ちゃんおはよう」

 居間で寛ぐ父と奈緒さんを尻目に、私は洗面台へと走る。
 今日は八月三十一日。勇太君と図書館に行く最後の日だ。

 歯を雑に磨く中、メールをチェックする。

『乃亜おはよう。今日は大雨だし、無理しないでいいよ。また明日、学校で』

 約束の時刻を三十分も過ぎて受信していた優しさしかない内容に、ずんと罪悪感が伸し掛かる。
 どれだけ外で待たせてしまったのだろうか。彼の貴重な勉強時間を削ってしまった。最低だ、最低だ。心の中、叱咤は止まらない。

 家を飛び出す頃にはもう、約束の時間を三時間も過ぎていた。


「はあっ、はあっ」

 ジーンズ半分の色を濃くして、図書館下まで辿り着く。

「はあ、はあっ……」

 これだけ急いで来たくせに、その場で躊躇してしまう。
 彼はもういないかもしれない。例えいたとしても、こんなにもずぶ濡れな格好では入館するのですら周りに迷惑だ。
 夏休み中ずっと、不釣り合いな私と勉強をしてくれた勇太君。そんな彼に最後、ドタキャンというプレゼントを贈った自分に腹が立つ。

 軒がある壁沿いに寄りかかりながら、静かに傘を閉じた。
 何が傘だ、何が雨除けだ。靴も腕も濡れるのならば意味がない。どうして傘というものは、江戸時代から進歩していないのだろう。

 気付けば蝉の声すらかき消す雨音。項垂れたまま膝からその場に落ちると、水溜りで騒ぐ雨粒に舌打ちをした。