昼休憩の事務所は運よく山根とふたりきりで、花蓮は落ち着いてことのあらましを話すことが出来た。
母親が生みの親ではなく疎まれていたことから、ゆかりの家出、出産と事故、昴との関係と今の状況までをはき出した。
改めて気持ちを整理する事ができ、少しだけすっきりとする。

「揶揄ってたけど、本物のお嬢様だったのね」

話している間、山根の口はぽかんと開きっぱなしだった。

「まさか、誰もが知る早間コーポレーションの……なんとなく訳ありなんじゃないかとは思っていたけれど、わたしの勘もすてたもんじゃないわね。
それに、彼は桜杜百貨店の副社長! どうりで。着ている物も高そうだし、話し方とかも綺麗だったもの。花蓮ちゃんもね。生活が逼迫している感じはあるのに、なんとなく品があったから」

「山根さんがベビー用品をくださったり手を貸してくれたので、本当に助かりました」

花蓮は肩を竦めた。

無知だったと思う。家をでるまで、どれほど人に助けられ、環境に恵まれているかも知らずにぬくぬくと生きていた。まだまだ周りに助けられ生活していて、自立しているとは言い難い。

「もう孫も大きくなっちゃったのに、捨てられないでいたものだからいいのよ。誰かに使ってもらえたら嬉しいし」

「ありがとうございます」

「やっぱり……王子様と別れなくちゃいけないの? せっかく両思いなのに」

山根は悲しそうに言った。

「そうですね……どうしたらいいのか、ずっと考えていました」

離れなくちゃと失いたくないという気持ちが常に一緒にあって、いくら考えても答えは出ない。それでも山根に聞いて貰っているうちに、気持ちが固まってきた。

「何が大切かって考えたときに、やっぱり一番は、昴さんに迷惑をかけたくないって事でした。自分の気持ちはその次かなって。わたしは、歩那がいれば幸せだよなって思えたんです。
だから、保護者参観会を最後に、昴さんとはお別れしようと思います」

保護者参観会は十日後。
別れたら、今度こそ二度と会うことはないだろう。

「ずっと暖かい家庭が夢だったんです。昴さんはそれを叶えてくれました。一時でも味わえてよかった。でも、三人で家族の気分はこれで最後。もういい加減にけじめをつけなくっちゃ。ふん切りをつけられたの、山根さんが話を聞いてくれたからです。ありがとうございます」

別れを想像するだけで寂しくて、胸が締め付けられる。
目頭が熱くなって、じんわりと涙が浮かんだ。